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新たな冒険の始まり

 魔王軍の地上侵略は二ヶ月後に決まった。

 理由は単純で、総指揮を執るガイアスが二ヶ月間の謹慎処分を受けているからだ。

 処分を下したのはアドラ。

 もちろん意図的だ。


 とうぜん謹慎処分を解けと命じられ、アドラはすぐに対応したが、どうやっても連絡がつかず断念した。

 これももちろん意図的だ。

 ガイアスに頼んでしばらく音信不通になってもらったのだ。

 彼は快く了承してくれた。アドラに『落とし前』をつけてくれたのだ。

 感謝してもしきれない。


 こうしてできた二ヶ月間の空白。利用しない手はない。


 謁見の間にてアドラはルーファスにある進言をした。


「私が尖兵となり地上の様子を見てきます」と。


 ルーファスは快く了承した。

 もともと地上侵略の尖兵とすべくスカウトしたのだ。願ったり叶ったりだろう。

 こうして本隊の地上進出前に急遽先遣隊が組織される運びになった。



                   ※



 高く、高く、天へと伸びる魔鉄の匣。

 地上へと続く超大型エレベーターの壮観にアドラは思わず息を呑む。

 その巨大おおきさは魔界最大規模。

 それでも集まった大軍を一気に送ることは出来ず、数度に分けて一年がかりで進軍する予定になっている。

 ただでさえ手間をかけて送った大軍を見知らぬ土地で右往左往させるわけにはいかないのだから先遣隊は必要。アドラが志願しなくてもやはり組織されたであろうから、真っ先に手を挙げたのは良策だったといえる。


「……まあ、地上研修とでも思っておこうかな」


 地上の服は魔界でも好評で特に勇者グッズはちょっとした流行になっている。

 本場のファッションを直接この眼で確かめるいい機会だ。

 決して無駄な経験にはならないだろう。


「さて、そろそろ出発の時間だ。行こうみんな」


 アドラは自ら厳選した部下を引き連れてエレベーターへと向かった。



                   ※



 エレベーターのエントランスではたくさんの整備員がせわしなく働いていた。

 この大きさになると動かすだけでもひと苦労。

 事故でも起きようものなら一大事。日々のメンテナンスは欠かせないのだ。


 エントランスの前では一人の女性があくびをしながらアドラたちを待っていた。


 寝不足でどんよりと曇った瞳。その下にはでかいくま

 伸ばしっぱなしの髪をグルグル巻きにして無理やりまとめている。

 そして色気もへったくれもない無地のツナギの服。

 アドラはその女性に見覚えがあった。


「ルルロラさん! おひさしぶりです!」


 アドラはルルロラに駆け寄ると深々と頭を下げた。


 天才建築家ジーニアスルルロラ・レレロラ。

 アドラの憧れにして目標でもある魔界最高のクリエイター。

 どうやら彼女が整備主任のようだ。

 家から都市まで何でも造ると評判の才女だが、地上エレベーターにも関わっているのは知らなかった。おそらく最近の話だろう。


「誰だおまえ? どうでもいいけど準備出来てるからさっさと乗りなよ」

「おれですよ! 無理をいってあなたに家を建ててもらったアドラ・メノスです!」

「だから誰だよ。家なんてボコボコ建ててるからぜんぜんわからん」


 そりゃそうか。

 アドラは愛想笑いを浮かべて誤魔化す。

 魔王に富豪に引っ張りダコの有名人が依頼主の顔をイチイチ覚えているはずがない。


「し、失礼しました。それではエレベーター、ありがたく使わせてもらいます」


 恐縮しながらアドラがルルロラの前を通り過ぎると急に呼び止められた。


「その孔雀柄のコート……おまえ、もしかしてボルドイの仕立屋か?」


 アドラはパァッと顔を明るくした。

 天才建築家に自らがデザインした服の特徴を覚えてもらえるとは光栄の極み。

 ありがたやありがたや。


「くっそダサい格好してたからそれだけは覚えてるわ。なんで魔王軍にいるのか知らんが元気そうだな」

「はっはは……光栄です……」


 アドラはがっくりと肩を落とした。

 でもこんなことじゃ挫けない。男の子だもん。


「いやおまえの調子なんてどうでもいいんだ。あたしのルルロラハウスは元気にしてるか?」

「自分の建てた家に自分の名前を付けてるんですか?」

「普段はつけないがあれは格段に出来が良かったのであたしの名をくれてやった。それで家はどうなってるんだ。ボルドイからここまでずいぶん遠いが防犯はもちろんしっかりしてあるんだろうな?」

「あの家なら燃えてなくなりました」


 ルルロラ怒りのミドルキックがアドラの尻に炸裂した。

 悪意のない攻撃は普通に通るし今日は結界も外しているためクリーンヒットだ。


「あたしが建てた家に何してくれとんのじゃわれぇっ!!!」

「すいません! 本当にすいません! 何とぞお怒りをお鎮めくださぁい!」

「じゃかぁしぃ! ぶっ殺すぞゴラァ!!」


 悪意はない。

 ない……はずだ。


 アドラは土下座しながら事の経緯を丁寧に説明し「おれは悪くねぇ!」ということを懸命に伝えた。


「このご時世に防犯処置をしとかんかったわたしにも責任があるか。ちくしょう……あたしの代表作になったかもしれないのになぁ」

「ルルロラさんには城塞都市キョウエンと魔王城があるじゃないですか」

「あれはルーファスに頼まれて仕様書通りに造っただけだっつうの」


 ルルロラは大きなため息をついてからエレベーターを見上げる。


「しゃーない、代わりにこいつを可愛がるとするか。まだまだ未完成もいいとこだし、あたしの手で最高の芸術品にしたるわ」

「え? エレベーターはすでに完成してるって聞いてますけど……」

「冗談きついわ。こんだけたくさんのマンパワーを使って起動させて、一度使ったらしばらく使用不可とかゴミもいいとこ。まーあたしが関わってない建築物なんてこんなもんだけどな。ソッコー改造して半年後には大軍をバンバン送れるようにしたるわ」


 アドラは顔を青くしてルルロラを止めた。

 嫌そうににらみつけてくる彼女の耳元で小声で、しかし必死に説得を始める。


(冷静に考えてください。エレベーターが完成するってことは魔王軍の地上侵略がスムーズに進んじゃうってことですよ)

(それがどうした。あたしには関係ない)

(おれたちファッションデザイナーは地上の文化からインスピレーションを受けているところがあるんです。できれば地上とは不仲になりたくない。畑違いかもしれないですけど、ルルロラさんにはそういうのないんですか?)

(……)


 ルルロラはしばらく考え込む素振りを見せると、


「よし、このエレベーターはこれで完成だな!」


 アドラはホッと胸をなで下ろした。

 ルルロラは魔陽を造った伝説の鍛冶屋リリロラ・レレロラの子孫。地上の芸術に思うところがないわけがないと思ったがビンゴだった。

 どうやら想定外の危機は去ったようだ。


「おまえの話を聞いてやった代わりにもう一度家を建てさせろ。今度こそ最高傑作に仕上げてやるからな」

「はい喜んで。借金を返済したらまっ先にご連絡します!」


 3500年ローンを完済するにはまだまだ時間がかかりそうだが、金さえあればまた建ててもらえるのはありがたい。

 アドラは笑顔で手を振ってルルロラと別れた。


 整備員の指示に従いアドラたちはエレベーターへと乗り込む。

 準備は整った。いよいよ地上へと進出だ。

 望まぬ形とはいえ新天地への期待にワクワクが止まらない。


 メノス家からの出奔が最初の冒険だった。

 ならばこれはアドラにとって第二の冒険の始まりといえるかもしれない。

 もっともそれは新たな困難の始まりともいえるのだが。

ここまでご愛読誠にありがとうございます

次回より第二部、地上編が始まります

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