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魂が能力になるVRMMO『アスターソウル』で死んだ幼馴染と再会したらAIだった件  作者:
第七章 己のあかしはどこにある ~同じ空を見上げるために~
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第89話 うたかた

 それからというもの、夕鈴はたびたび中庭にやって来た。彼女の姿を見るたび、言いようのない嬉しさが込み上げてくる。楓也にとって、その非日常的で特別な時間はいつしか生き甲斐がいとなり、かけがえのない宝ものに変わっていた。


「こんにちは、青波くん」


「あ、押垂さん!」


 今日も変わらぬ調子で夕鈴との談笑が始まる。ベンチに座り、色々な話をした。願わくば、この楽しいひとときがもっと続けば――楓也は一度断られてしまったものの、再び部活への勧誘かんゆうを試してみることにした。すっかり打ち解けた今なら、あるいはと思ったのだ。しかし期待とは裏腹に、彼女は困ったような顔をした。


「! ごめん、しつこかったよね」


「ううん! そんなことは……!」


「いや、本当にごめん。……ぼくさ。立場上、顔は広いけど……ちゃんと対等に話してくれる人って全然いなくって。押垂さんはいつも自然体で接してくれるから、なんだかそれがとても嬉しくて、楽しくて……ついまた誘っちゃったんだ」


「……そうだったんだ。ありがとう青波くん。わたしもね、ここはたくさんのあったかい心があるから、すっごく気がまぎれるの。まるで昔に戻ったみたいで、居心地もよくて。だから楽しいって思っているのはわたしも同じだよ」


 そう言ってほほえむ夕鈴の横顔は、どこかはかなげに見える。

 心? 昔に戻ったみたい?

 わからない点はたくさんあるが、楓也はさえぎらずに彼女の言葉を聞き届けた。


「でもやっぱり、わたしには……やらなきゃいけないことがあるから。こちらこそ、せっかく誘ってくれているのにこたえられなくてごめんなさい」


「……その、無理に言う必要はないんだけど。やらなきゃいけないことって、具体的にはどんなことなの? ひょっとしたら力になれるかもしれないし、よければ教えてほしいな」


「あ……」


 彼女は少し考えてから、花たちを見つめて静かに言った。


阿岸あぎし佳果よしかって人、知ってる?」


「阿岸? ああ、筋金入りの不良ってうわさになっている同級生だよね。でもあまりよくは知らないかな……ぼくらとはクラスも違うし」


「そっか、そうだよね……」


「? 押垂さん、その阿岸君がどうかしたの?」


「……佳果はわたしとおさな馴染なじみなんだけどね。家族が一人もいないんだ」


「え」


 夕鈴が他人を名前で呼んでいる事実に、楓也はちくりと胸の痛みをおぼえた。しかしそれ以上に、その阿岸佳果という人物が抱えているであろう問題の大きさが、彼女の真剣な表情からも伝わってくる。彼は心して次の言葉を待った。


「だからなのかな。あの人は、放っておくとすぐ独りの殻に閉じこもる。本当は誰よりも、それが怖いはずなのに……」


 悲しくも優しい瞳で語る夕鈴を見て、楓也は直感的に悟る。彼女にとって特別な人は、すでに存在していた。そこへ自分が入る余地などないのだとわかり、深い絶望が押し寄せる。ただ夕鈴はそんなこと知るよしもないだろうし、このタイミングで気持ちを伝えた(エゴを発揮した)ところで、きっと誰も幸せにはなれない。彼はためらわず心のスイッチを押すと、絶対に気づかれぬという覚悟をもって演技(・・)を始めた。


「察するに、押垂さんは阿岸君のために何かできることをしていると?」


「? そう、だけど……」


 夕鈴は現在、花や植物たちのかもしだすあたたかい心にまみれて、超感覚が抑制されている。だがそんな彼女であっても、楓也の雰囲気が急変したのは容易にわかった。彼が新たに生み出した凛々(りし)しい顔が意味するところはわからないが、自分に対して何かを隠そうとしているのはわかる。ならば追求すべきではないのやも――浮かぶ疑問を押し殺し、彼女は話を続けた。


「……あのね。人は独りになると、よくない方向へどんどん進んでしまうものなの。佳果には誰かが必要で……その誰かをわたしがやってるんだ」


「ふむ。ってことは放課後、いつも阿岸君の家にいるとか?」


「へっ? ち、違う違う! そうじゃなくて……うーんなんて言えばいいんだろう。遠くから見守っているというか、そう、用心棒よじんぼうみたいな感じ!」


「余計わかりづらいよ……」


 取り乱し赤面する夕鈴に、楓也は苦笑した。結局なにをしているのかは不明だが、彼女の核となる部分に阿岸佳果がいることだけはわかる。そして今後も親しい関係を維持していくのなら、彼についての情報は色んな意味で必要不可欠となるだろう。そう思い至り、楓也が次の質問しようと口をひらいた瞬間だった。


「!!」


 突如、夕鈴が立ち上がる。

 先ほどまでとは打って変わり、非常に切迫せっぱくした雰囲気だ。


「押垂さん? どうしたの」


「ごめんなさい青波くん。あなたはここを動かないで」


「え、あ、ちょっと!」


 振り返ることもせず、どこかへ走り去ってゆく夕鈴。その後ろ姿を呆然ぼうぜんと眺める楓也は内心、自分が不快な思いをさせてしまったのだと考えた。だがそれにしては様子がおかしかった気もする。ぐるぐる当惑していると、今度は金髪の青年が血相けっそうを変えてやってきた。


「おいお前! あいつはどこ行った!?」


「あ、あいつ……? というか君はだれ? なんなの急に大きな声で……」


「さっきまで女子が一緒にいただろ!? 頼む教えてくれ、時間がねぇんだ! このとおりだ!」


 そう言って青年は土下座どげざを始める。あまりの事態に思考が追いつかないが、この青年の慌てように加え、先刻の夕鈴の表情――彼女が危ない? 直感にしたがって、楓也は青年の横にしゃがむと西の方向を指さした。


「顔を上げて。押垂さんはあっちに行ったよ。あの先には裏門があるけど、そこを抜ければ舗装ほそうされた道路と、自然公園に続く悪路の二択だ。彼女はローファーだったから、たぶん走りやすい前者を進んでいるんじゃないかな」


「! サンキュー、恩に着るぜ!」


 青年はお礼を言うと、間髪かんぱつ入れずにきびすを返す。その全力疾走にはなぜか、夕鈴に対する絶対的で、排他的な想いが宿っているように感じられた。楓也は彼のことなど一ミリも知らなかったが、気がつくとこう叫んでいた。


阿岸君(・・・)!! 押垂さんを助けて!! 必ずだよ!!」


 楓也の言葉が届いたのか、彼は後ろ向きのまま右手を上げ、小さく二回振った。佳果の返事にひどく安堵あんどした楓也はその場にへたり込み、空をあおぐ。

 ――しかしその日を境に、夕鈴が学校へ来ることはなくなった。

お読みいただきありがとうございます。

察しのいい方はお気づきかもしれませんが、

このあと第25話に繋がります。


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