第1話 夢の現実
「ころ……!?」
AIと名乗る夕鈴の口から、とんでもない言葉が飛び出した。佳果は驚きを隠せない。
「いや待て待て、いきなりそんなこと言われても、わけがわからねぇよ! ちゃんとわかるように説明してくれ」
「彼女は、わたしが生まれたせいで死んでしまいました。しかし逆にいえば、彼女は本来生きているはずの人間なのです」
「お、おい! だからわかるように……」
「要するに、彼女にはまだ助かる余地があるということ。しかるべき時間軸に移行すれば、彼女を助けられる」
「助けられるって……あいつが……生き返るとでもいうのかよ? もう死んでんだぞ! 葬式だってとっくに終わって……!」
「正確にいうと、生き返るわけではなく、最初から生きていたことになります」
「っ……ゴタクはいい! あいつは本当に助かるのか? もし嘘だったら!」
「はっきりいいます。絶対に助かります。嘘ではありません」
「!」
佳果の涙腺が緩む。夕鈴が生きている世界。そんな理想郷をチラつかされたら、すがりたくなってしまうではないか。彼女には伝えられなかったことが、たくさんあるのだから。
「どうやったら……どうやったら、またあいつに会える!?」
「簡単です。このゲームをクリアしてください」
「……ゲームを……クリア……?」
「ええ。ただし、期限はあります。今日から数えて一年間――それを過ぎれば、二度と彼女とは会えなくなります」
「そ、そうじゃなくてよ。なんでゲームをクリアするだけであいつが生き返るんだ?」
「言ったでしょう? 時間軸を移行させるのですよ」
「すまん、意味がわからねぇ」
「つまり、彼女が生きている世界へ移動する。そのためには、このゲームのクリア条件である時空魔法"エピストロフ"の習得が必須となります」
「時空魔法だ……?」
「はい。エピストロフは、プレイアブルキャラだけが覚えられる魔法。残念ながらAIのわたしには使えません」
「……それを俺が使えるようになると、どうなる?」
「わたしの演算能力と掛けあわせることで現実世界の、時間軸の移行が可能となります。それで必ず、押垂夕鈴を助けることができます」
「じゃあ、すでに覚えているやつはいないのか? そいつに頼めば……」
「このゲームはまだ誰にも攻略されておりません。よってエピストロフを使える者もいない。……しかし、あなたならきっと辿り着けるはず。あなたが、夕鈴のいつも語っていた阿岸佳果であるならば」
「は、どういう意味……」
「わたしからお伝えすることは以上です。あなたは今日からゲームクリアに集中してください。アバターの作成後にチュートリアルがありますから、ちゃんと受けるのですよ? では、わたしはやることがありますので一旦、失礼いたします」
「あ、おい待ってくれ!」
AIは一方的に話を終わらせていなくなってしまった。
夕鈴は目の光を失い、動かなくなる。
「なんなんだ……アバター、チュートリアル? 普段ゲームとかやんねぇから、マジでわからねぇ」
佳果がそう言った矢先、目の前の空間にウィンドウが表示される。
"アバターの作成はこちら"と書かれている。試しに触れてみると、急にイエスかノーの二択クイズが始まった。
『変化とは善ですか』
『自分が自分であると、言いきることはできますか』
『世界を味方だと思いますか』
『献身は美徳たりえますか』
よくわからない質問ばかりが続く。佳果は渋い顔をしながら、ひとまず直感でスピーディーに答えていった。ウィンドウ上では、謎の数字がたくさん流れている。
やがて全ての回答が終わると、ニックネームを聞かれる。佳果はてきとうにYOSHIKAと入力した。
(これでいいのか……?)
終わりと思いきや、次は見た目の決定画面に移った。どうやら現実の容姿をそのまま使うか、好みのものを使うか選べるらしい。彼はめんどうそうに"そのまま"を選んだ。
ウィンドウに作成完了と表示される。夕鈴のよこに、安っぽい装備の姿をした自分が現れる。
(終わったみたいだな……ん? つまりこの鎧を着てるあいつも、現実の容姿から作ったアバターってことか)
動かなくなった夕鈴を見つめながら一息つく。次の瞬間、"チュートリアルを開始します"というアナウンスが流れた。気がつくと、佳果は林道のような場所に投げ出されていた。
「うおっ、いつの間に! てかチュートリアルってなんだよ!」
いきなり変化した景色に驚き、あたりをキョロキョロと見まわす。すると、道の向こうに人がいた。若い男の四人組が、おばあさんを踏みつけているのがわかる。
(お、おいおいおい、そんでなにやってんだあいつらは!)
彼は反射的に駆けつけ、四人組にメンチを切って威嚇する。男たちはニヤリと笑い、挑発するように言い放った。
「てめぇ、どっから湧いた?」
「ガキがしゃしゃり出てくる場面じゃねぇぞ」
「兄貴、こいつ紙きれみてぇな装備してますよぉ!」
「あひゃひゃ、じゃあついでにやっちゃいますか~!」
げらげらとうるさい四人組を見て、佳果のひたいに青すじが立つ。
「お兄さん、どうかおやめなさい。私は大丈夫だから……」
「喋んなくていい! ……怪我、痛むだろ? いま助けるから動かずに待っといてくれ」
ボキボキと手や首の骨を鳴らした佳果がファイティングポーズをとると、連中のなかで一番体格のいい男が剣を抜き、こちらをにらみつけた。
「丸腰でやるってか。いくらなんでも舐めすぎだガキが」
「ごちゃごちゃうるせぇ、くるならきやがれ」
男は静かにキレて襲いかかってきた。佳果はそれを軽々とかわして反撃――するはずだったのだが。
(……あん? 身体が思うように動かねぇ)
反応の遅れた彼の腹に、相手の剣がかすった。装備は本当に紙きれのように切り裂かれ、血がにじむのがわかる。
「お兄さん……!」
「も、問題ねぇ! ちょっと油断しただけだ」
「ほう、じゃあもう油断できねぇな。したらお陀仏だぜ」
男の言うとおり、次は避けられず、致命傷を負うかもしれない。窮地のなか、佳果の脳内はぐるぐると高速で回転していた。
(理由はわからねぇけど、今の俺じゃあいつらを追い払うのは無理だ。一体どうすりゃばあさんを逃がせる? ……つーか、これってゲームなんだよな? 思ったよかマシだが普通に痛ぇ! くそっ、死んだらゲームオーバーってやつになるのか? 夕鈴を助ける前に退場なんて冗談じゃねぇぞ!)
冷や汗をかいて不敵にわらう佳果を目がけて、男が二撃目を振り下ろす。
――瞬間、世界の時が止まった。同時に、再びアナウンスが流れる。
『魂の解析が完了しました。あなたの能力値・固有スキルは以下のとおりです』
ウィンドウが出現し、数字の一覧と《サプレッション》という文字が表示される。極限状態で予想だにしないことが起こり、彼は混乱しつつも叫んだ。
「おい! 今はこんなのいいからよ、とりあえずばあさん助ける方法を教えてくれ!」
『では、早速スキルを使ってみましょう。スキル名を唱えれば、効果が発動します』
「ス、スキル? この、《サプレッション》ってやつ――」
口にした刹那、佳果の身体から金色のオーラが立ちのぼる。ウィンドウには効果の説明が以下のように書かれていた。
《1分間、攻撃力が500%アップします》
そして時は動き出す。彼はとっさに、振り下ろされた剣を殴った。すると剣は粉々に砕け、パラパラと空気中へ散らばってゆく。
「な、なにぃ!?」
「なにがなんだか俺にもわからねぇが……スキル上等!! てめぇの守りたいもん守れるなら、何だって使ってやるぜ!!」
第一話、お読みいただきまして誠にありがとうございます!
アバター作成の二択クイズですが、皆様ならどちらを選びますか?
もしかすると、いま選んだ答えはこの物語を読んでいるうちに
段々と変わってゆくかもしれません。ふふ。
それでは、よろしければ第二話以降もお楽しみください!
※ちょっと読んでみようかな~と思いましたら、
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