プロローグ
「ありがとうね、佳果君」
仏壇に手を合わせている青年へ、遺影に写る少女の母が感謝を述べる。学ランを着くずした、ショートパーマの金髪。耳たぶには、緑色のピアスが光っている。不良を絵に描いたような彼――阿岸佳果は、凛々しい顔で返事した。
「いや、俺にはこれくらいしかできなくて。すんません」
「ふふっ、やっぱりあなたは昔のままね。今では番長やってるって聞いたけど」
「そ、そりゃデマっすよ。俺は誰ともつるんでなんか……」
「あら、そうなの? でも夕鈴とは仲良くしてくれたわよね。……あの子が学校に行かなくなった後も、ずっと」
「……ダチですから」
佳果の幼馴染、押垂夕鈴は不登校だった。そんな彼女が約一年ぶりに登校した日の朝。交通事故により、彼女は若いみそらで帰らぬ人となる。享年十七歳、痛ましい悲劇であった。
「やっと、一歩を踏み出したところだったのにね……」
夕鈴の母は涙ぐんで後ろを向いた。やるせない雰囲気に押し潰されそうになるが、彼は泣くためにここへ来たわけではない。
「おばさん、確認したいことがあります」
「? どうしたの改まって……」
「事故の日の朝、あいつは学校に行こうとしてたんすよね?」
「ええ……なんだか慌てた様子で。"今日じゃなきゃ駄目"とか言って、朝ご飯も食べずに飛び出していって……」
違和感が生じる。
あの日、夕鈴が車にはねられた場所は通学路から少し外れた道だった。まっすぐ学校に向かうのなら、通る必要のない道。その先にあるのはコンビニとゲームセンター、そしてさびれた公園だけだ。
(何か買いに行こうとしてたのか? いや――)
佳果は午前中、ゲーセン前でたむろするか公園で昼寝するのが日課だ。幼馴染である夕鈴はそれを知っていた。考えすぎかもしれないが、もし彼女に目的があったのなら。
(俺に、言いたいことでもあったのか?)
ふと、佳果は思い至る。
「ちなみに、あいつの部屋って今どうなってます?」
「え? ……軽く掃除はしているけれど、ほとんど手つかずね。まだ心の整理がつかなくて」
「そうっすか……あの、ほんとすんません。少しだけでいいんで、お邪魔しちゃダメですかね、あいつの部屋」
「夕鈴の?」
「はい、おばさんも来ていただく感じで大丈夫なんで……」
「……一人で行ってもいいわよ。もしかしたらあの子、まだ部屋にいるかもしれないから。……よかったら、お話ししてあげてくれる?」
「ういっす」
◇
二階にある彼女の部屋に入る。
しんとしている室内は、鼓膜がやぶけそうなほど静かだった。
「ん?」
机にヘルメット状の物体が置いてある。
確か、法外な値段のゲーム機だったはずだ。
「あいつ、こんなもの持ってたのか」
よく見ると、ヘルメットの中に付箋が貼ってある。気になって剥がしてみると、そこには夕鈴の字でこう書いてあった。
『調べないで』
瞬間、佳果はこの文字に逆らわなければならないと直感した。
衝動にまかせてヘルメットをかぶる。起動ボタンを押すと、ブオンという音が鳴ってゲームが始まった。しかし、なぜか視界は夕鈴の部屋のままだ。
「その魂……あなたが阿岸佳果ですか」
不意に声がして、振り返る。そこには夕鈴が立っていた。
ふわふわとした髪質の、ベージュ色をしたセミロング。長いまつ毛に、透きとおった水色の大きな瞳。整った顔と華奢な体格。それは間違いなく、生前に見た押垂夕鈴の姿だった。
――まっ白な光る鎧を身にまとい、金色の剣を持っていることを除いては。
「おま、どうして……!」
「? どうしてとは?」
夕鈴が首をかしげ、不思議そうな顔をする。
「どうして、生きて……しかも変な格好で……」
声を震わせながら狼狽える佳果に、彼女はポンと手をたたいて言った。
「なるほど」
「?」
「よいですか、阿岸佳果。ここはゲームの世界、いわゆる仮想現実です。そして、この姿は確かに押垂夕鈴を反映していますが、わたしは彼女ではありません」
「!? いやいや、どう見たってお前は……」
「少し落ち着きなさい。彼女は、もう亡くなったはずでしょう?」
「それは……」
「自己紹介がまだでしたね。わたしはAI。あなたがここへ来るのを待っていました」
「えーあい? 機械ってことか?」
「そのとおり。さておき、取り急ぎあなたへお伝えしなければならないことがあります」
「な、なんだよ?」
「彼女が死んだ、本当の理由についてです」
「!? どういう意味だ! あいつは事故で死んで……!」
「はい。でも、その事故が起こった原因はわたしなのです。押垂夕鈴は――わたしが殺しました」
お読みいただきまして誠にありがとうございます。
よろしければ第一話もお楽しみいただければ幸いです。