表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/355

プロローグ

「ありがとうね、よし君」


 仏壇に手を合わせている青年へ、遺影に写る少女の母が感謝を述べる。学ランを着くずした、ショートパーマの金髪。耳たぶには、緑色のピアスが光っている。不良を絵に描いたような彼――ぎし佳果は、凛々(りり)しい顔で返事した。


「いや、俺にはこれくらいしかできなくて。すんません」


「ふふっ、やっぱりあなたは昔のままね。今では番長やってるって聞いたけど」


「そ、そりゃデマっすよ。俺は誰ともつるんでなんか……」


「あら、そうなの? でも夕鈴(ゆうり)とは仲良くしてくれたわよね。……あの子が学校に行かなくなった後も、ずっと」


「……ダチですから」


 佳果の幼馴染、押垂(おしたり)夕鈴は不登校だった。そんな彼女が約一年ぶりに登校した日の朝。交通事故により、彼女は若いみそらで帰らぬ人となる。享年十七歳、痛ましい悲劇であった。


「やっと、一歩を踏み出したところだったのにね……」


 夕鈴の母は涙ぐんで後ろを向いた。やるせない雰囲気に押し潰されそうになるが、彼は泣くためにここへ来たわけではない。


「おばさん、確認したいことがあります」


「? どうしたの改まって……」


「事故の日の朝、あいつは学校に行こうとしてたんすよね?」


「ええ……なんだか慌てた様子で。"今日じゃなきゃ駄目"とか言って、朝ご飯も食べずに飛び出していって……」


 違和感が生じる。

 あの日、夕鈴が車にはねられた場所は通学路から少し外れた道だった。まっすぐ学校に向かうのなら、通る必要のない道。その先にあるのはコンビニとゲームセンター、そしてさびれた公園だけだ。


(何か買いに行こうとしてたのか? いや――)


 佳果は午前中、ゲーセン前でたむろするか公園で昼寝するのが日課だ。幼馴染である夕鈴はそれを知っていた。考えすぎかもしれないが、もし彼女に目的があったのなら。


(俺に、言いたいことでもあったのか?)


 ふと、佳果は思い至る。


「ちなみに、あいつの部屋って今どうなってます?」


「え? ……軽く掃除はしているけれど、ほとんど手つかずね。まだ心の整理がつかなくて」


「そうっすか……あの、ほんとすんません。少しだけでいいんで、お邪魔しちゃダメですかね、あいつの部屋」


「夕鈴の?」


「はい、おばさんも来ていただく感じで大丈夫なんで……」


「……一人で行ってもいいわよ。もしかしたらあの子、まだ部屋にいるかもしれないから。……よかったら、お話ししてあげてくれる?」


「ういっす」



 二階にある彼女の部屋に入る。

 しんとしている室内は、鼓膜がやぶけそうなほど静かだった。


「ん?」


 机にヘルメット状の物体が置いてある。

 確か、法外な値段のゲーム機だったはずだ。


「あいつ、こんなもの持ってたのか」


 よく見ると、ヘルメットの中に付箋が貼ってある。気になって剥がしてみると、そこには夕鈴の字でこう書いてあった。


『調べないで』


 瞬間、佳果はこの文字に逆らわなければならないと直感した。

 衝動にまかせてヘルメットをかぶる。起動ボタンを押すと、ブオンという音が鳴ってゲームが始まった。しかし、なぜか視界は夕鈴の部屋のままだ。


「その魂……あなたが阿岸佳果ですか」


 不意に声がして、振り返る。そこには夕鈴が立っていた。

 ふわふわとした髪質の、ベージュ色をしたセミロング。長いまつ毛に、透きとおった水色の大きな瞳。整った顔と華奢(きゃしゃ)な体格。それは間違いなく、生前に見た押垂夕鈴の姿だった。

 ――まっ白な光る鎧を身にまとい、金色の剣を持っていることを除いては。


「おま、どうして……!」


「? どうしてとは?」


 夕鈴が首をかしげ、不思議そうな顔をする。


「どうして、生きて……しかも変な格好で……」


 声を震わせながら狼狽うろたえる佳果に、彼女はポンと手をたたいて言った。


「なるほど」


「?」


「よいですか、阿岸佳果。ここはゲームの世界、いわゆる仮想現実です。そして、この姿は確かに押垂夕鈴を反映していますが、わたしは彼女ではありません」


「!? いやいや、どう見たってお前は……」


「少し落ち着きなさい。彼女は、もう亡くなったはずでしょう?」


「それは……」


「自己紹介がまだでしたね。わたしはAI。あなたがここへ来るのを待っていました」


「えーあい? 機械ってことか?」


「そのとおり。さておき、取り急ぎあなたへお伝えしなければならないことがあります」


「な、なんだよ?」


「彼女が死んだ、本当の理由(・・・・・)についてです」


「!? どういう意味だ! あいつは事故で死んで……!」


「はい。でも、その事故が起こった原因はわたしなのです。押垂夕鈴は――わたしが殺しました」

お読みいただきまして誠にありがとうございます。

よろしければ第一話もお楽しみいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ