第44話 しあわせがある場所
宴もたけなわ、ラムスの夜がふけてゆく。この領域は外の世界と違って日が沈むらしく、辺りはかなり暗い。キャンプファイヤーのオレンジ色に照らされる人々が、美酒で頬を染めている。
ヴェリスやシムルはさすがに疲れたのだろう、地べたで大の字になって寝ていた。それを見守る佳果は、サブリナの部隊員らと談笑中だ。楓也は既に洞窟へ向かっており、アーリアはほろ酔いで村人たちと交流を深めていた。隣に座っているシムルの母――ナノが、彼女へお酌しながら尋ねた。
「アーリアさんは外の、また外の世界から来たんですか?」
「ええ、もぷ太ちゃんや佳果さんもそうですわね」
「すごいです! わたしどもはずっとここで暮らしたきたので、その世界が一体どんなところなのか、想像もつきません……」
「ふふっ、暮らしは少し違うかもしれませんが、根本は同じですわ。悪い人もいれば、この村のみなさんのようにあたたかい人たちもいます。混沌のなかで、美しい花が咲いては散りゆく……その繰り返しです」
「……それは、どこへ行っても同じなのですね。アーリアさん、どうして悪人はやってくるのでしょう。他者から奪っても、幸せになんてなれないはずなのに」
「そうですわね……彼らの幸せと、わたくしたちの願う幸せが、まったく別のところにあるからでしょうか」
「別のところ、ですか?」
「はい。幸せは普遍的なものであると同時に、不確かで様々なかたちをしています。本質は一つですが、そこへ至るまでの通過点は無数にあって……彼らはまだ、遠い場所からそれを探しているんですの。だから目に見える幸せを見つけると、自分が今どのあたりにいるのか確かめるために、叩いたり、壊したりする」
「本質……」
「――うふふ、ちょっと飲みすぎちゃったかしら。風に当たってまいります」
「あ、わかりました。後でまたお話してくださいね!」
「もちろんですわ。……ナノさん。シムルくんを想うその気持ち、これからも大切にしてください」
「? ……はい!」
ふらりと立ち去り、山のほうへ向かうアーリア。ひとけのない麓にある大岩に座り、ふうと一息ついた。火照った身体に、涼しい風が吹き抜けてゆく。そこには本榊のような香りが混じっていた。
「気持ちいい風……素敵な夜ですわね。アイちゃん」
「ええ、星がとてもきれいです」
◇
その頃、楓也はクイスの潜伏していた洞窟に到着し、中であの男を待っていた。
「やあ、もぷ太くん。直接会うのはフリゴ以来だったかな」
背後から声を掛けられ振り返ると、黒ずくめの男――情報屋が姿を現した。
「あれ以降、こちらからの連絡を拒んでいたあなたが、どういう了見ですか」
「フフフ、なんだと思うかね?」
「……今回の件も、クイスの件も。あなたは度々、ぼくらの前に現れては助力めいたことをしていた。結果だけ見れば、そのおかげで前に進めた部分があるのは確かですし、感謝もしています。だけど……」
「…………」
「あなたは強者なのに! そのちからをどうしてそんな遠回しに使うんですか!? 阿岸君のときだって、直接助けてくれたらあんなことには……シムルには人殺しを唆したと聞きましたし、あなたは一体何が……何がしたいんですか!?」
苦しそうな顔で、楓也が溜め込んでいたものを一気に吐き出す。情報屋はおもむろにコツコツと歩き、あの日、佳果が倒れていた場所で立ち止まった。
「クイスの件は、すまなかった」
「!?」
「私も、ダクシスの心変わりを把握できていなかったんだ。YOSHIKAがあそこまでやられる未来は見えていなかった。あれを看過してしまったのは、間違いなく私の落ち度だよ」
「っ……つまり、あなたすら出し抜いた人がいるってことですか?」
「さすがはもぷ太くん。すでに目星もついているようだね」
「…………」
「それはさておき、せめてもの詫びと言ってはなんだけども。まずはこれでチャラにしてくれないかなぁ」
「?」
情報屋が手をかざすと、空間に過去のビジョンが映し出される。そこには拷問される直前の佳果とその周囲の状況が、ホログラムのように再現されていた。透ける佳果の身体に重なると、情報屋は彼の存在に成り代わる。
「追体験を行使する」
「えっ、ちょっと……!?」
「ぐっ……うぐぁああ!!」
目の前で、情報屋が虐げられてゆく。彼はこれまで聞いたことのないような声で叫び、倒れ、まとっていた漆黒の衣を振り乱した。フードから、シルバーアッシュの長髪と宇宙のような瞳をした素顔が顕になる。
「!! やめてください!! こんなの、誰も望んでいない!!」
「案ずることはないよ……私のMNDは10で、ENEの値もYOSHIKAより優れている。この二つの関係性は、君たちのおかげで解明済みだ。耐えきれるから、そこで見ているといい」
「ば、ばかなことを!!」
血相を変えて止めようとするが、楓也の手は彼をすり抜けてしまい、映像も止まる気配がない。このような仕打ち、されるのも見せられるのも拷問だ。
「くそっ……あなたが苦しんだところで何が変わるってんですか!!」
「♯∽Δ�§¶が清算される。もっとも、このようなやり方では意味もないだろうがね……ぐぉおああ!」
「何を言って……」
その後、追体験が終わるまで楓也はなす術もなく佇んでいた。本人が断言したとおり、彼は最後まで壊れることなく耐えきってみせた。
「……終わったようだ」
実体を取り戻した情報屋に、楓也が掴みかかる。そうして拳を振り上げると、握っていた回復薬を振りまいて彼を急速に癒やしていった。
「……こんな真似、もう絶対にしないでくださいよ!」
「ああ。今後は出し抜かれないよう注意するさ」
「そうじゃなくて! ……もういいです!」
楓也が胸ぐらを放すと、情報屋は立ち上がってフードをかぶり直した。そうして服の汚れを払うと、咳払いをして祭壇の残骸まで行き、座った。
「さて、もぷ太くん。"どうしてちからを遠回しに使うか"だったよね。まったく、その質問をしてきたのは君で二人目だ」
「え……?」
「手始めに、そこから話そう」
佳果はサブリナの部隊たちと歓談中です。
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