第19話 彩られた世界
ゲームに戻ると、ベッドにヴェリスの姿は見当たらなかった。寝巻きが脱ぎ捨てられており、風呂のほうからシャワーの音が聞こえる。テーブルには空になった弁当などの容器が散乱していた。その生活感に、どこか安堵する佳果。
(ちゃんと過ごせたか。……しっかし俺が言うのもなんだが、あいつ結構だらしねぇなぁ)
ゴミを片付けながら、ふと横を見るとテレビに知育アニメが映っている。ただ、初期設定が消音なのだろう、映像だけが動いていた。おもむろにリモコンでそれを解除すると、小さかったときによく聞いていた音楽が部屋にこだまする。
(……なんか懐かしいな。弟がいた時も、こんな空気だったっけ)
「あ、佳果!」
振り返ると、髪をタオルでごしごし拭きながらヴェリスが出てくるところだった。だいぶ顔色がよくなっており、瞳には生気が感じられる。だがそのあまりにも迂闊な姿に、佳果は一喝して後ろを向かざるを得なかった。
「待て、まず服を着ろ服を!」
「? うん」
装備に着替えたヴェリスはドライヤーを使いこなし、髪を乾かしている。その途中、テレビの変化に気づいたのか指をさしながら言った。
「あれ、音が聞こえる」
「ん? あー、ここ押すとそうなんだよ。他にも色んなのやってんぞ」
リモコンを渡されたヴェリスは、手当たり次第ボタンを押して反応を確かめている。意外と順応するのが早い。
「てか、なんでいま風呂入ってたんだ?」
「わたし、あのあったかいの好き。これで三回目」
「……マジか。まあ別にいいけどよ、もっと寝てなくてよかったのか?」
「寝たよ? でも気になるものがいっぱいで、途中から起きてた」
「……そういや俺も、ガキの頃は無駄に早起きしてた気がすんな……」
「ねえ佳果、あれなに」
「おん?」
ヴェリスが好奇心に満ちた顔で、窓の向こうに見える観覧車を指さす。
フリゴの町は、遊園地が隣接されている。ただしあまり規模は大きくなく、もっと先に進んだところにある都会のほうが、圧倒的に設備が充実しているらしいのだが。
「あれは観覧車だな。丸いのがいくつもついてるだろ? あんなかに人が座ってるんだよ」
「カンランシャ……座って、何してるの?」
「なんもしてねぇさ。ただ、上のほうは高いから眺めがいいんだろうな」
「ふーん……」
彼女の目は訴えていた。「あれに興味があります」と。
この際、規模などは関係ないのかもしれない。今はこの子がやりたいと思ったことをさせてやるだけで、十分なのではないかと佳果は思った。
「うし。行ってみっか」
「え?」
「楓也とアーリアさんが来るまで、まだ数時間はある。お前のレベル、もう上限に達しちまってるし……俺らだけで、エリア移動のイベントを探すつもりもないからな」
「……よくわからないけど、わたし行ってみたい」
「決まりだ」
◇
遊園地についた二人。実際に入場してみると、最低限のアトラクションは揃っているようだ。観覧車以外にも見たことのないものがたくさん並んでいる光景に、ヴェリスは少し興奮気味である。宿屋の時とはまた違うトーンで彼女は言った。
「佳果、ここなに!」
「遊ぶところだな」
「あそぶ?」
「ああいうのに乗ると、なんか知らねーけど楽しかったりすんだよ」
彼の目線の先には、メリーゴーランドがぐるぐると回っていた。こどもの客は基本的にNPCなのだろうが、大人のなかにはプレイヤーも混じっていると思われる。しかし老若男女問わず、みんなが楽しそうに笑っていた。
「要するに、ここには"楽しい"を提供している場所ってなわけだ。どれでもいいが、乗りたいもんあるか?」
「……あれ」
ヴェリスのご所望は、なんとジェットコースターだった。
「おいおい、ありゃたぶん"こわい"が混じってんぞ。何もしょっぱなから……」
「あれがいい。……佳果、こわいの?」
「――上等だ、かかってこいや!」
◇
ここのジェットコースターは距離が短いが、その分スリルが凝縮されている。急角度のコースが多く、なにげに人生初の搭乗を終えた二人は、それぞれ別の反応をあらわにしていた。
「ぜぇ……ぜぇ……んだありゃ……客を殺す気なのか? ぜってーそうだろ……!」
「すごい! ふわっとして、がくっとして……なんか、ぶわってなった!」
初めてみるヴェリスの笑顔。死にかけの佳果だったが、これなら来た甲斐はあったといえる。今度みんなで来ようと決心したところで、彼はひどく喉がかわいていることに気づいた。
「あ~ヴェリス、お前なんか飲むか? 甘いやつとか酸っぱいやつとか、色々あるけどよ」
「? 飲む。甘くて美味しいのがいい」
「じゃ、適当にちょっと買ってくるわ。それ飲んだら、観覧車いこーぜ」
「! うん」
ベンチにちょこんと座り、佳果を待つヴェリス。彼女にとって昨日から過ごしている時間は劇的で、まるで自分が自分でなくなったかのような心地であった。次はどんなわくわくに出会えるのだろう。期待を胸にそわそわしているうち、5分経ち、10分が経つ。なぜか、佳果が戻ってくる気配がない。
(佳果?)
ヴェリスは立ち上がり、彼が歩いていった方向へと進んでゆく。
やがて見えてきた自動販売機の下には、缶が二つ転がっていた。そして近くの茂みのほうから、複数の男の声が聞こえてくる。
彼女は直感的に草をかき分けて、声の元へたどり着いた。人工芝の植わっている開けた空間に、佳果がうつぶせで押さえつけられている。そこには見知らぬ黒い男が三人ほどいて、こちらを見ていた。
「! ヴェリス!! いますぐ逃げろ!!」
「!?」
すごい剣幕の彼を見て、理解が追いつかず動揺してしまう。
その間も、男たちは冷静に何かぶつぶつとやり取りしている。
「……キーパーソンに発見された。阿岸佳果は捕獲済み、指示をたのむ」
『ほう。じゃついでに持って帰ってきて。あとは手筈どおりに』
「了解」
三人のうち二人が近づいてくる。
サングラス越しに伝わる、刺すような鋭い視線。
それは前世でパンを女に奪われた、あの場面を彷彿とさせた。
"よくわからないけど楽しい"という感覚、
けっこう大事だよなぁと思ったりします。
※お読みいただき、ありがとうございます!
もし続きを読んでみようかな~と思いましたら
ブックマーク、または下の★マークを1つでも
押していただけますとたいへん励みになります!