第4話 お嬢とうじょう
ゲームにログインした佳果は、最初の町『ヴァルム』に転移した。
噴水のある広場に出て、左右を見ると活気のある大通りが続いている。
(改めて、これがゲームなんて信じらんねぇよな……)
陽気な気候に、飛んでいる鳥の声。レストランからは食欲をそそる良い香りがただよってきて、感覚的には現実世界とほとんど変わらない。
佳果はとりあえず、学校で楓也に言われたとおりに冒険の準備をしようと歩き出した。ただ、正直どうしたらいいのかわからない。キョロキョロと辺りを見回していると、急に後ろから声をかけられた。
「おや、あなた……この町にきたばかりですわね?」
「あん?」
振り向くと、そこには青みがかった銀髪のミドルツインテールが艶めく、碧眼の美少女が両手を腰に当てて立っていた。頭には小さなハットがちょこんと斜めに乗っており、ゴージャスなドレスをまとっている。
「はじめまして、わたくしは初心者支援の仕事をしている"ベラーター"のアーリアと申しますの」
「お、おう」
佳果は面食らって、それ以上の言葉が出てこなかった。現実のような世界のなかで、非現実的な容姿の人物と出会うカルチャーショック。"ベラーター"ということは、この人に準備を手伝ってもらうかたちになるのだろうか。
「……いかがされましたか? 豆でっぽうでもお食べになられて?」
「お、俺はハトじゃねえ! 阿岸佳果ってんだ」
「まあ! 失礼ですが、それはご本名ですか?」
「ああ」
「では、こちらも名乗らねばフェアじゃありませんわね。こほん――わたくしは知京椰々。ゲーム内では、アーリアとお呼びいただければ幸いですわ。以後、お見知りおきを」
堂に入った丁寧なお辞儀が、彼女の人柄を物語っている。派手な点を除けば、意外と常識人なのかもしれない。
「……おう。俺はニックネームも本名と同じだから、好きに呼んでくれ。ただ……こっちはまだ高校生でな。あんた見た目は幼い感じだが、その物腰、たぶん年上だろ? 敬語はよしてくれ」
「あら、お気づかい感謝いたしますわ。でも、これはわたくしの流儀ですの。あなたもそのままの口調で結構ですから、どうかお気になさらずに」
「そうなのか? ……わかった」
「ありがとうございます。しかし、現役の高校生ですか……まあ、色々と事情がおありなのでしょうね。ちなみに、わたくしの年齢はヒミツです!」
なぜかドヤ顔で宣言するアーリア。
基本的にテンションが高い人物のようだ。
「……で、初心者支援の仕事とか言ってたよな。俺がこれからどうするべきなのか、あんたに聞いてもいいってことか?」
「もちろんです。ただ、ここで立ち話するのもなんですし……一度あちらのカフェにでも参りませんこと?」
「カフェ? ……おいおい、高そうな店だな。俺、まだ始めたばっかで金もってねーんだが」
「いやですわ佳果さん、ここはわたくしが奢るところでしょう」
◇
オシャレな店内で席につく。佳果はコーヒー、アーリアは紅茶を頼んだ。運ばれてきたものは豊かな豆の香りがして、口に含むとほどよい苦味と酸味が押し寄せ、さっと引いてゆく。キレとコクのある一杯だ。
「うめえ。ってか、こっちでも飲食できるんだな」
「ええ、不思議なゲームですわよね。現実世界でできることの大半は、こちらでも再現可能になっているのです。おかげで甘いものが幾らでも食べられてさいこ…………はっ」
「くく、なるほど。人によっちゃ楽園みたいな世界ってわけだ」
「い、今のはお忘れください! それよりも、さっそく本題に入りましょう。まずは、そうですね……あなた、もうご自分の能力値はよくご覧になりまして?」
「能力値? あの"スキル"とかいうのが載ってる画面のことか?」
「はい。ステータスを見たい旨を言葉にすれば、閲覧できるのですけれど」
「まだちゃんと見てなかったわ……ステータスを見せてくれ」
ウィンドウが立ち上がって、佳果の能力値が表示される。STRなどの英語表記があり、一番下には例によってスキル《サプレッション》とその説明が書かれていた。
「それらの能力値は、自らの魂が反映されたものです。現在は初期値のはずですが……最も高い項目と低い項目はどうなっていますか?」
「STRってのが高い。低いのはAGIだな」
「ふむ。STRはストレングスの略で、いわゆる腕力に当たりますわ。AGIは敏捷性、つまり素早さを指します」
「あー、なんか動きづれえと思ったらそういうことか」
「あら、実感がおありで? 初期ステータスは現実世界の身体に近い感覚らしいのですが、実際には少し劣っているのだとか。アスリートの方などは、その微妙な違いを感じ取れるとも聞きます。佳果さんは運動神経が良いのですね」
「ま、身体をコントロールできねぇと致命傷もらっちまうリスクが高まるからな。生き残るには必要不可欠な感覚だろ」
「…………あなた、高校生とおっしゃいましたわよね?」
「? そうだが」
アーリアはジト目で彼を見たあと、「まあ、あえて詮索はいたしません」と言って気を取り直す。
「能力値はレベルアップするにつれて、段々と向上してゆきます。いずれは現実よりも優れた身体能力を実感できるようになると思いますわ」
「ほー。今の俺は……当然1レベルか」
「佳果さんの場合、現段階ではAGIの低さを補うのが先決といえるでしょう。少しでも身体が動きやすいように調整してから、レベリングを開始することをオススメします」
「どうやって調整すればいいんだ?」
「この町のショップで装備を換えましょう。これについては国から支援金が出ますので、ある程度の武具であれば、実質無料で換装できますわ」
「国から? そういうのもあんのか……」
「ただし、支援金はベラーターを介して受給する必要があります。さらに一度受給してしまえば、そのベラーターは今後ずっとあなたのパーティという扱いになります」
「パーティ?」
「旅の仲間、という意味ですわね。そしてそれを決める権利は当然、あなたが持っていますの。……ベラーターはわたくし以外にもたくさんいますから、そのなかから自分と相性のよさそうな方を見つけて、選んであげてくださいな」
「なるほど……仕組みはわかった」
「何よりです。……さて、お話はこんなところでしょうか。佳果さん、急な誘いにお付き合いいただいてありがとうございました。また、縁がありましたらお会いしましょうね。それではごきげんよう」
そう言ってアーリアは席を立ち、会計を済ませて店を出ていこうとする。佳果は不思議そうな顔をして、彼女を引き止めた。
「お、おい。なんでどっか行こうとしてんだよ?」
「はい? だって、あなたはまだ他のベラーターに会っていないでしょう? ……パーティというのはとても重要なのですよ。まずは色んな人と会ってみて、あなたが一緒にいても良いと思える人を――」
「あんたにするよ、アーリアさん」
「……え」
「別に適当いってるわけじゃねーぜ? あんたは……なんつーか、ダチに似ているんだ。確かに他のベラーターってのにはまだ会ってないけどよ、今あんたを選ばなかったら俺は……結局、後悔しちまう気がする」
「な……さてはあなた、天然タラシマンですの……!?」
「な、なんだそりゃちげーよ! ほら、早くショップってのを案内してくれ!」
いそいそと先にカフェを出ていく佳果。アーリアはしばしきょとんとしていたが、やがてふふふと微笑して、彼の背中を追いかけた。
ある種、佳果の必殺技です。
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