第36話 ニコラウス祭の前夜祭
「できました!!」
ニコラウス祭の前夜祭が行われる日の前日。
わたしはご主人様へのプレゼントのマフラーを、完成させました。
これでもう大丈夫です。
ほつれもありません。引っ張っても、毛糸が裂けてしまうこともありません。
もしかしたら、お店に並べることもできるかもしれません。
きっと、ご主人様も喜んでくれるはずです!
わたしははやる気持ちを抑えながら、プレゼントのマフラーを紙袋に入れて隠しました。
ご主人様は今、外出中です。
ご主人様に見つかってしまっては、全てが台無しになってしまいます。
このプレゼントのことは秘密にして、ご主人様にサプライズで渡して、ビックリさせたいのです。
ご主人様の驚きから、喜びへと変わっていく表情が、わたしの中に浮かんできます。
早くも、明日のニコラウス祭が楽しみになってきました。
さて、そろそろお仕事に戻らないといけません。
わたしは使用人部屋を出て、事務所へと向かいました。
掃除をしていますと、ご主人様が戻ってきました。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「マリア、掃除はいい!!」
帰ってきたご主人様がいきなりそう云い、わたしは目を丸くしました。
「ご主人様?」
わたしが驚いている中、ご主人様はカバンを開き、机の上に大量の書類を置きました。
いつもの落ち着いたご主人様は、今はいません。
「大量に仕事が舞い込んできた! しかも今日中に送らないといけない!!」
「ほっ、本当ですか!?」
「ああ、だから手伝ってくれ!!」
ニコラウス祭の前夜祭の今日に、仕事を依頼してくるなんて、どういう依頼人なのでしょうか?
せっかくの、静かに過ごせる夜だというのに!!
しかもその日のうちに書類を送らないといけないなんて、いくらなんでも急すぎます!!
わたしは怒りの感情でそう思いましたが、それはきっとご主人様も同じのはずです。
「はいっ! すぐにお手伝いいたします!」
わたしは箒を置きまして、すぐに応接スペースで準備を始めました。
それからわたしは、ご主人様から渡される書類を次々に記入していきました。
慣れというものは不思議なもので、最初はご主人様に訊きながら記入していた書類も、今ではある程度は自分で判断して記入できるようになってしまいます。でも、ご主人様はもっとすごいです。先ほどからご主人様は、机に向かって一心不乱に書類を書き続けています。
わたしはご主人様が書き終えた書類をまとめて、郵送するための封筒に入れていきました。
住所と名前を記入し、できあがった封筒を積み上げていきます。
そして昼過ぎには、なんとか書類を作り終えました。
しかし、それで終わったわけではありませんでした。
「マリア!」
「はいっ!」
「できあがった書類を、急いで郵便局に持っていって! 今日は郵便局の窓口が閉まるのが早い! 大急ぎで頼む! オレはまだ片付けなくちゃならんことがあるから!!」
このときのご主人様の目は、正直に申し上げますと、恐ろしかったです。
「わっ、わかりました!!」
そんなご主人様の要求を断るようなことは、わたしにはできません。
すぐにわたしは書類が入った大量の封筒を持ち、事務所を飛び出して郵便局へ向かいます。
冷たい空気と雪に覆われた街の中を、わたしは郵便局へ向かって走りました。
窓口の営業が終了する10分前に、わたしは全ての封筒を郵便局へ預けることができました。
あとは郵便屋さんが、宛先の住所まで届けてくれます。
「はぁ……」
郵便局を出たわたしは、ため息をつきました。
大量のお仕事が舞い込んでくるという、あまりないことが起きたせいか、いつもより疲れたような気がしました。
ニコラウス祭の前夜祭は、ゆっくりとできるかと思いましたが、大間違いでした。
どこに行っても、ニコラウス祭の前夜祭は忙しいです。郵便局から事務所に戻る途中、わたしはいつも利用する食料品店や惣菜屋、雑貨屋さんの前を通りました。どこのお店も、楽しそうな人たちで溢れていました。忙しくても、楽しそうならいいな。そう思いながら、わたしはその前を通り過ぎていきました。
そして早く帰るために路地を歩いている途中で、わたしは救貧院でのことを思い出してしまいました。
救貧院では、ニコラウス祭の前夜祭の夜でも働きづめでした。
食事もいつも通りの質素なもので、ニコラウス祭だからと特別なメニューが出たことは一度だってありません。文句を口に出した人は、容赦ないムチ打ちの制裁が待っていました。そして寒い季節なので、容赦なく冷たい風や雪が降りつけてきます。体力のほとんどを奪われ、疲れ果ててベッドに倒れ込んだ後、記憶がないこともありました。
そしてニコラウス祭当日でも、仕事は休みになったりはしません。
いつものように残飯の食事をしてから、わたしは労働に従事しなくてはなりませんでした。
ニコラウス祭なんて、わたしには関係のないことでした。
わたしには、ニコラウス祭なんて、楽しむ権利は無いのかもしれません。
すると突然、わたしの目から涙が零れ落ちました。
涙は止まることなく、次から次へと雪の上に落ちて消えていきます。
「……いえ、いいんです」
わたしは呟きますと、涙をぬぐいました。
今のわたしは、救貧院に居た頃のわたしとは違います。
わたしはご主人様の元で、救貧院のときとは比べ物にならないほど、いい待遇で仕事をしています。
ボロ布のような衣服ではなく、ちゃんとした衣服を着れます。
食事も任されていますので、時には好きなものを作って食べることもできます。
仕事も重労働はほとんどありません。
個室も用意されています。
お休みを貰うこともできます。
お給料も、救貧院に比べたら月とスッポンです。
そして何より、ご主人様はとっても優しいお方です。
救貧院が地獄だとしましたら、今の場所は天国そのものです。
メイドとしてしか働けないわたしに、食べ物と居場所と仕事を与えてくれたご主人様は、神のような存在です。
もう十分すぎるほど良くして貰っているのに、それ以上を求めるなんて罰当たりです。
ご主人様と一緒に居られるのなら、ニコラウス祭が無くても構いません。
そう思うと、わたしは少しだけ元気が戻ってきたような気がしました。
さて、きっとご主人様は仕事で疲れているはずです。
速く戻って、ご主人様にはゆっくりとしてもらいたいです。
わたしはもう一度目元を拭いますと、事務所に向かって歩き出しました。
事務所が見えてきました。
わたしはどこにも立ち寄ることなく、まっすぐ戻ってきました。
「ただいま、戻りました」
事務所に戻ってきますと、事務所にはご主人様がいました。
「マリア、待っていたぞ!!」
「ご主人様……!?」
わたしは、目を疑いました。
ご主人様はわたしが出かける前と後では、様子が一変していたのです。
仕事に追われていて、余裕のなかった表情は、今はどこにもありません。しかし、いつもの穏やかなご主人様でもありません。今のご主人様は、何かにとりつかれたように、ウキウキしています。
180度態度が変わったご主人様に、わたしはどう反応したらいいのか分からなくなりそうでした。
「今日の仕事は、もうおしまいだ!」
ご主人様はそう云って、事務所のドアを閉めてしまいました。
下がっていた札を「OPNE」から「CLOSE」に変えてしまいます。
いつもなら、18時までは事務所を開けているのに、です。
「ご主人様、お仕事はもういいのですか?」
「あぁ、もう請け負っていた依頼は全て終わったからな。それに……」
「?」
「……今夜は、ニコラウス祭の前夜祭!」
ご主人様の言葉に、わたしは耳を疑います。
その直後、わたしの中で消えかかっていた希望の光が、輝きを取り戻しつつあるのを感じました。
「そのために、大急ぎで仕事を終わらせたんだ。マリア、手伝ってくれてありがとう!」
「そ、そんな、わたしは……」
「マリア、こっちこっち!!」
ご主人様が、わたしの手を取って居間の方へと促します。
そうですね。
これから、ニコラウス祭の前夜祭の準備をしないといけません。
わたしにも、ニコラウス祭を楽しむ権利はありました。
それが無性に嬉しくて、わたしは笑顔になっていきました。
「……はい!」
さて、気合を入れて料理を作ります!
わたしはご主人様と共に、居間へと向かいました。
しかしそこで、わたしはまたしても驚かされることになりました。
居間に入ったわたしは、目を見張りました。
「……!!」
居間に置かれたテーブルの上には、いつの間にかたくさんのニコラウス祭の料理が並んでいました。
一度は食べてみたい。小さい頃から夢に見ていたニコラウス祭の料理のフルコースが、目の前にありました。
「ご主人様、これは……!?」
「オレが準備したんだ」
ご主人様がそう云いました。
「大変ではありませんでしたか?」
「元々、一人暮らしだったからな。そこまで大変じゃなかったよ。マリアにビックリしてほしくて、大急ぎで準備したんだ」
わたしはテーブルの上に並んだ料理を、じっくりと眺めました。
ローストターキー、サラダ、アップルパイ、クッキー、フライドポテト……数々のニコラウス祭の料理に、わたしは夢ではないかと何度も何度も瞬きをしました。
「マリア、今夜はゆっくりと静かに過ごそう。それに……」
ご主人様がそう云いながら、ワインボトルを見せてくれました。
「マリアが好きなワインも、ちゃんと用意してある」
「ありがとうございます……ご主人様!」
わたしはご主人様と共に、テーブルに着きました。
テーブルに着きますと、ご主人様がワイングラスにワインを注ぎ、1つをわたしに差し出してくれました。
それを受け取りますと、わたしは気持ちを抑えきれず、涙を流してしまいました。
「ううう……」
「マリア、どうかした!?」
驚くご主人様に、わたしは涙を拭って答えました。
「いえ……ただ、嬉しかったんです。ニコラウス祭の前夜祭を、こんなにも豪華に迎えられる日がくるなんて……ご主人様、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
ご主人様の言葉に、わたしはお辞儀をしてから、ワイングラスを手にしました。
「それじゃ、乾杯!」
「はい!」
わたしはご主人様とそっと、ワイングラスを鳴らしました。
生まれて初めて食べた数々のニコラウス祭の料理は、どれもとても美味しくて、夢を見ているみたいでした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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次回更新は……申し訳ありません、またしてもしばしお休みさせていただきます。
仕事が立て続けに入ってきましたので、執筆が追い付かなくなってきました。
ブログの更新もしたいので、ご理解を頂ければと思います。
9月中には再開予定ですので、しばしお待ちください!!
9月7日 ルト





