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最後のメイドと万年筆  作者: ルト
第2章
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第35話 ニコラウス祭の準備

「~♪」


 オレはラジオから流れてくるニコラウスソングに耳を傾けながら、仕事をしていた。




 街はニコラウス祭が近づいてきて、すっかりニコラウス祭の雰囲気に染まりつつあった。

 電飾で色とりどりの灯りが灯され、街ゆく人々の中にはニコラウス祭に向けた買い出しの人も多い。


 この時期の少し前には、ニコラウス祭関連の書類作成の依頼もそこそこあったが、今は落ち着いている。大きな事件もなく、今年も穏やかにニコラウス祭を迎えられそうだ。


 そして今年のニコラウス祭は、前年までのニコラウス祭とは少し違う。

 マリアがいるためだ。




「ご主人様!」


 マリアが、紅茶とティーセットを持って来た。


「もうすぐ、ニコラウス祭ですね」

「うん、そうだな」


 紅茶をティーカップに注ぎながらマリアが云い、オレは返事をする。


「マリアも、ニコラウス祭が楽しみ?」

「はい。ニコラウスソングを聞いていると、ニコラウス祭が近づいているんだなって、ウキウキしてきます」

「そうか。救貧院でも、ニコラウス祭は祝うんだな」


 しかし、オレがそう云うと、マリアの表情に曇りが現れる。


「救貧院では……ニコラウス祭はありませんでした。いつもニコラウスソングを口ずさむだけでして……それ以外はいつもと同じでした」

「そうだったのか……ごめん」


 しまった。触れてはいけないことだったとは。

 オレが謝罪すると、マリアはゆっくりと首を振った。


「お気になさらないでください。それが普通でしたから」


 マリアはそう云って、紅茶をオレに差し出した。

 オレは紅茶を受け取り、一口飲んだ。温かい紅茶が、身体に染み入るようだ。


「そろそろオレたちも、ニコラウス祭の準備をしないとな」

「ご主人様、ツリーを持っているんですか?」

「持っているぞ。ただし小さいもの、だけどな」


 オレはそう云うと、仕事を中断して、イスから立ち上がった。


「ちょっと、物置からツリーを出してくるか」

「ご主人様、お仕事はよろしいのでしょうか?」

「来客があったらすぐに分かる。ツリーを出してくるくらい、どうってことないさ」


 マリアにそう云うと、オレは物置に向かった。




 物置を開けると、電気のスイッチを入れた。

 裸電球が1つ、鈍い光を放ちながら物置の中を照らし出した。


 ホコリが溜まった物置は、長いこと立ち入っていなかった。

 マリアにもここは、掃除は時々でいいと云ってあったから、あまり掃除をしていないようだ。


「えーと、確かツリーは……」


 ニコラウス祭が近づいてくると、その象徴でもあるツリーを出すのが習慣になっている。

 協同組合や代書人協会などに行くと、この時期は大きなツリーが飾ってあるものだが、オレのような個人事務所はそんなに大きなツリーは飾らない。大きなツリーは高いし、そもそも置き場所が無いのだ。

 だからツリーは、そんなに大きくないほうがいい。


「あった!」


 オレはツリーを見つけると、被せてあった布を取る。

 少し掃除しないといけないが、使えないほど傷んでいるわけではない。


 オレはその場で、ツリーについたホコリを落としていった。




「これでよし……と」


 掃除が終わったツリーを、オレは事務所の中に置いた。

 ツリーが置かれるだけで、一気にニコラウス祭が近づいてきたような感じになる。


「ご主人様、きれいなツリーですね!」

「そうか? だいぶ年代物だけどな」


 マリアは小柄なツリーを見て、目をキラキラさせている。

 このツリーのどこにそんな魅力を感じているのか分からなかったが、喜んでいるのならいいか。


 オレはツリーの近くに、粗末な箱を置いた。

 箱を開けると、中にはツリーの飾りが乱雑に押し込まれていた。子供から見ると、きっとキラキラしているツリーの飾りは宝箱のように見えるだろう。


「ご主人様、ツリーの飾りつけ、わたしにさせてくれませんか?」


 マリアが箱の中にあるツリーの飾りを見ながら、尋ねてきた。

 尻尾は左右にブンブンと揺れ、目は子供のように輝いている。きっと、今までこういうことをしたことが無かったのだろう。

 やる気はあるのだから、ここで断るのはマリアに悪いだろう。


「……よし、飾りつけはマリアに任せる!」

「ありがとうございます! 頑張ります!」


 マリアはオレに頭を下げて、すぐにツリーの飾りつけに取り掛かった。

 1つ1つ、飾りを手にしてまじまじと見つめては、それをツリーに飾り付けていく。飾りつけのやり方を知っているのかどうか少し疑問だったが、これなら全く問題はない。


 飾りつけはマリアに任せて、オレは仕事に戻ることにした。




 仕事が一区切りついた頃、オレは休憩しようと顔を上げた。


 いつの間にか、事務所の中に立派なツリーが鎮座していた。

 一瞬目を疑ったが、それは自分が出してきて、マリアが飾りつけをしていたツリーであることを思い出す。


「おぉ、これはすごい!」


 オレはイスから立ち上がり、ツリーに近づく。

 ツリーの近くでは、マリアが空っぽになった箱を片付けていた。


「ご主人様、いかがでしょうか?」

「マリアに任せてよかったよ。オレが飾り付けるよりも、きれいなツリーになった!」

「ほっ、本当ですか!? ありがとうございます!」


 お世辞なくオレが云うと、マリアは顔を赤くしながら、尻尾をブンブンと振った。


「これでもう、ツリーは大丈夫だ。どこに出しても恥ずかしくないツリーだ。マリアに任せて、本当に良かった」

「あ……ありがとうございます……」


 マリアは頭から湯気を出しそうなほどに、真っ赤になった。




 夜になりました。

 わたしは今夜も、ご主人様と一緒のベッドで眠ります。


 でも、わたしはご主人様が眠ったことを確認しますと、目を開きました。

 暗闇に目が慣れてきますと、ご主人様を起こさないようにベッドから抜け出します。


 ご主人様と一緒に寝るのが、嫌なわけではありません。むしろ、ご主人様と一緒のベッドで寝ると安心できます。暖かいですし、ご主人様の匂いを嗅いでいますと、すごく落ち着けます。

 夜になると寒くなりますから、本当はご主人様のベッドから出たくありません。


 それなのに、どうしてベッドから出たのか。

 ちゃんと理由はあります。



 わたしは書斎を出ますと、使用人部屋に入りました。

 暗闇の中でマッチを擦って火をおこし、ローソクに灯りをともします。


「さて……と」


 わたしはテーブルの上に置いてあったものを見ます。

 テーブルの上には、手編みのマフラーが作りかけの状態で置かれていました。まだ編み物棒がついていて、毛糸の先端は毛糸玉に繋がっています。


 それを手にしますと、わたしはローソクの灯りの中で、マフラーを編み始めました。



 これは、ニコラウス祭でご主人様に渡すための、プレゼントです。



 ご主人様は、外出時にはコートを使いますが、マフラーは使いません。

 理由は分かりませんが、首元が寒いことに間違いはないはずです。


 編み物は小さい頃に教わりましたので、マフラーならそんなに難しくはありません。

 わたしは少しずつ、マフラーを編んでいきます。


「ご主人様、喜んでくれるでしょうか……?」


 淡い期待を胸に抱きながら、わたしはマフラーを編み続けます。


 ご主人様のベッドを毎晩抜け出している理由は、これです。

 マフラーが編みあがるまでの間、わたしはご主人様が寝静まった夜や外出していていない時間などに、少しずつマフラーを編んでいきます。




 こうして、ニコラウス祭のプレゼントのマフラーは、なんとかニコラウス祭の前夜祭の前日に完成しました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ご意見、評価、誤字脱字指摘等、お待ちしております!

次回更新は、9月7日の21時を予定しております。

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