第34話 吹雪の夜
雪が、際限なく降り続いている。
それだけならまだしも、風まで出てきた。
風は昼過ぎから吹き始め、夕方になる頃には突風のようになっていた。ここまで来ると、もはや雪景色を楽しんでいる場合などではない。まさに外は吹雪の世界だ。
吹雪くようになると、まるで世界が終わりを迎えているかのように思えてしまう。
オレが事務所で仕事をしていると、マリアが買い物から戻ってきた。
「ご主人様、すごく寒いです!」
マリアは服についた雪を払い落とすと、暖炉の前に移動した。
ソファーに食材を置き、冷え切った手を暖炉の火で温めている。
窓の外に目を向けると、吹雪になっていた。
これは寒そうだ。
暖かい室内にいるが、オレは身震いしそうになった。
そのとき、ラジオから天気予報が流れてきた。
ラジオの天気予報によると、今夜から明け方にかけて、猛吹雪になるらしい。
これからは、外に出ないほうがよさそうだ。
「今夜はどうやら、かなり強い吹雪になるみたいだ」
オレはそう云うと、イスから立ち上がった。
そして事務所の入り口に掛かっていた札を「OPEN」から「CLOSE」に変えた。
「ご主人様、まだ4時です。もうお仕事を終えてしまうのですか?」
「こんな吹雪の中じゃ、お客さんも来ないだろう。事務所を開けておいても、開店休業じゃあ意味が無いからな」
ドアに鍵をかけ、事務所のカーテンに手をかける。
カーテンを閉める前に、もう一度だけ前の通りを確認した。
人影は、一切見えない。
もう誰も来ないだろう。
オレはそっと、事務所のカーテンを閉めた。
その日の夕食は、湯気が立ち上る、温かいスープだった。
身体を温めてくれる根菜類がたっぷりと入り、ベーコンとソーセージで味付けがなされた、チキンの出汁が効いた美味しいスープだった。
「ご主人様、お味はいかがですか?」
「うん、美味しい!」
オレはスープに入っているニンジンを飲み込み、答える。
「こういう寒い日には、温かいスープやシチューが1番だな」
「ありがとうございます! たくさん作ったので、おかわりしてくださいね!」
そのときのマリアの明るい表情を、オレはもう1回見たくなった。
スープを食べ終えて皿を空っぽにすると、マリアに告げた。
「マリア、おかわりを頼む」
「はいっ!」
マリアは笑顔で答え、尻尾を振りながら鍋に向かい、スープを皿に注いで戻ってきた。
「どうぞ。まだたくさんあります」
マリアの勧めもあり、オレはスープを3回もおかわりして、身体がすっかり温まった。
夕食が終わってからしばらくした後。
オレが書斎に入ると、そこでマリアがベッドを整えていた。
分厚い羽毛布団の上から、さらに毛布を掛けるマリア。
ベッドには当然のように、敷き毛布まで敷いてあった。オレのダブルサイズのベッドは、マリアの手によってすっかり冬仕様になっていた。
このベッドなら、寒冷地でも凍えることなく眠れそうだ。
それにやっと、セントラルヒーティングが稼働するようになった。
セントラルヒーティングは、街が管理しているために、冬の一定期間だけしか使えない。街がセントラルヒーティングを稼働させるまでは、寒い思いをしてきた。しかし、これからはそんな思いをしなくてもいい。
当然、オレの書斎にもセントラルヒーティングはある。
寒さ対策は、バッチリだ。
「ご主人様、これで吹雪の夜でも大丈夫です!」
マリアが自信たっぷりにそう告げるが、オレは大事なことに気づいていた。
「マリア、気持ちは嬉しいんだが……」
「はい、何でございますか?」
「オレの布団に掛けてある毛布は、マリアの毛布じゃないか?」
それは確かに、オレが使用人部屋で使うように購入した毛布だった。
マリアのベッドに置いたはずだが、いつの間にオレのベッドに移動してきた?
「大丈夫です、ご主人様」
マリアはオレの指摘に首を振った。
「ご主人様のためですから、寒さも我慢します!」
「いや、それはダメだ」
オレはマリアの申し出を、拒否した。
「マリアが風邪をひいたらいけないからな」
「ご主人様、大丈夫ですよ」
「……そうだ!」
オレは、あることを思いついた。
「マリアも、このベッドで寝ればいい!」
「ふぇっ!?」
「前にも一緒に寝たことがあっただろ? それと同じだ」
驚くマリアだったが、マリアが勝手にオレのベッドに入ってきたことがあった。
一度も一緒に寝たことが無かったのなら、オレの発言は問題発言だっただろう。
しかし、一度でも一緒に同じベッドで寝たのなら、話は別のはずだ。
「は……はい、ご主人様」
マリアは少し緊張しているらしく、顔を真っ赤にしていた。
こうしてオレとマリアは、同じベッドで寝ることが決まった。
「マリア、灯りを消すよ?」
「はい」
オレは隣で横になっているマリアにそう告げ、スイッチを押す。
部屋の明かりが消え、辺りは闇に包まれた。
マリアがいるおかげか、ベッドは暖かかった。
暖房費が節約できるかもしれないなと、オレは思った。
「おやすみ、マリア」
「おやすみなさいませ、ご主人様」
マリアが闇の中でそう云ってきた。
その直後、外で吹き荒れている吹雪が強くなってきた。
風の音がビュービューと激しいものになり、部屋の中なのにはっきりと聞こえてきた。
こりゃあ、一晩中吹き荒れるなぁ。
天気予報は、かなり正確だ。
すると、オレの腕に暖かいものが当たった。
それがマリアの身体であることは、すぐに分かった。暖かさと共に、マリアのいい匂いが一緒にやってきたからだ。
「ご主人様ぁ……」
「マリア?」
暗闇の中で、マリアの表情がかすかに見えた。
少しおびえた表情をしている。
「どうしたんだ?」
「すみません……救貧院でのことを、思い出してしまいました。寒い風が吹き抜けるような場所で、眠っていたんです」
「もしかして、居間の風の音で……?」
オレが訊くと、再び外で風が吹き荒れた。
強い風の音に反応するように、マリアはオレの寝間着を強く握ってくる。
「ご主人様、こんなことをお願いして申し訳ないんですが……何か物語を聞かせてください」
「物語を?」
「はい。なんでもいいんです、物語を聞かせて下さい」
まるで子供のようなお願い事を、マリアが頼んできた。
オレは少し困惑しつつも、マリアのお願い事を拒否することはできなかった。
ベッド脇に置いてあった読書灯を点けると、オレはマリアに物語を聞かせ始めた。
「……ご主人様、ありがとうございました」
物語を聞かせ終えると、マリアはすっかり落ち着きを取り戻していた。
「もう大丈夫?」
「はい。ご主人様のお話しする物語を聞いていましたら、安心しました」
マリアの言葉に、オレは口元を緩めた。
こんなオレの話す物語で落ち着きを取り戻してくれるなんて、思ってもみなかったな。
「さて、明日もあるし、そろそろ寝ようか」
「はい、ご主人様!」
読書灯を消すと、オレはマリアと共にベッドに横になった。
マリアのぬくもりを感じながら目を閉じていると、いつしかオレは深い眠りにいざなわれていった。
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次回更新は、9月6日の21時を予定しております。





