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最後のメイドと万年筆  作者: ルト
第1章 
32/37

第31話 曇り空

 わたしはいつものように、掃除をしていました。

 ご主人様は今日も、お仕事の関係で外出しています。ご主人様がいないと、事務所も家もとても静かに感じられます。少し寂しいですが、ご主人様が戻ってくるまでの辛抱です。

 それに、静かな時間も、今のわたしにとっては新鮮です。


 わたしは鼻歌を歌いながら、掃除をし、ゴミを集めていきました。

 ある程度ゴミが集まりますと、集めたゴミをゴミ袋に入れます。

 もちろんそのままにしたりせず、わたしはそれを勝手口から外へと持ち出しました。


 勝手口の先には、裏路地があります。

 ゴミはそこに置かれたゴミ箱に入れることになっています。



 そのとき、わたしはふと空を見上げました。



「あっ……!」


 空を見たわたしは、目を見張りました。

 西の空に、雲がいくつも流れてきます。それも、黒い雲ばかりです。


 こういう時、天気は悪くなります。

 今はまだ太陽が出ていますが、この後確実に雨が降ります。


「大変……!!」


 わたしはゴミをゴミ箱に押し込み、スカートを少しだけたくし上げて、急いで家に戻りました。

 そしてすぐに、外に干してあった洗濯物を取り込んでいきます。


 取り込んだ洗濯物は、室内に干す以外ありません。

 コインランドリーを使ってもいいのですが、お金がかかってしまいます。

 あんまり無駄遣いはできません。


 取り込んだ洗濯物は、開いている場所に干していきました。




 オレが事務所に戻ってきてドアを開けると、そこには異様な光景が広がっていた。


「な、なんじゃこりゃ!?」


 オレの事務所と家のあちこちに、洗濯物が干してあった。

 家の中ならまだしも、事務所の窓際にまで干してあるのは……。

 それにまだ太陽が出ている。部屋の中に干す意味が、まるで分からない。


 これじゃあ事務所に来たお客さんが、驚いてしまうだろうなぁ。


「マリアー?」

「お帰りなさいませ、ご主人様」


 マリアが、居間から出てきた。


「マリア、この洗濯物はどうしたんだ?」


 オレは部屋の中に干された洗濯物を指し示す。


「まだ太陽が出ているのに、どうして部屋干しなんだ?」

「ご主人様、もうすぐ空が曇ります。今日は、部屋干しでお願いします」

「しかし……」


 マリアの言葉を聞きつつも、オレは窓の外に目を向ける。

 どう見ても、外はよく晴れているんだよなぁ。天気予報も、雨が降るなんてことは一言も云っていなかった。


 どうしてマリアが、部屋干しにこだわるのか、オレには分からなかった。


「……できれば、外に干してほしいんだけど」


 こんな事務所じゃ、お客さんも入ってこないだろう。

 しかし、オレの考えは却下されてしまった。


「お言葉ですがご主人様、もうすぐ空模様が変わります。どうか、わたしを信じてください」


 オレは首を傾げた。

 マリアがここまで譲らないなんて、珍しい。


 いつもなら、オレが指摘したことには二つ返事で従ってきたマリア。

 それが今日は、一向に譲る気配がない。たかが洗濯物を干すのが室内だからといって、そこまでこだわるものだろうか? マリアにしか分からない、こだわりのようなものがあるわけでもなかろう。

 やめさせるのも、あんまり気が進まない。ここまで譲らない……ある意味強引ともいえる気持ちを揺り動かすのは、並大抵ではない。


 マリアを信じて、部屋干しのままにしておくか。

 今日は来客の予定も無いから、きっとお客さんが来ることはないだろう。


 オレはそう考え、洗濯物をそのままにしておくことに決めた。




 事務所で午前中いっぱい仕事をし、昼食を食べてから、また午後に仕事に取り掛かる。

 タイプライターと万年筆を使い分けながら、オレは次々に依頼された書類を作り上げていく。


 すると、マリアが居間から事務所へと入ってきた。

 右手には、いつもの買い物かごを手にしている。どうやら買い物に出かけるみたいだ。


 時計を見ると、すでに3時を過ぎていた。


「ご主人様、夕食の材料を買いに行ってきます」

「わかった。あんまり遅くならないようにね」


 オレはそう云い、マリアは頷いて事務所を出て買い物に出かけていった。




 どれくらい、時間が経っただろうか。

 仕事に夢中になっていたオレは、時が経つのを忘れて仕事をしていた。


 少し背伸びをすると、いつの間にか身体がガチガチに固くなっていた。


「いてて……ん?」


 オレは背伸びをしながら、窓に目を向けた。

 窓から空を見上げると、空はいつの間にか真っ黒な雲に覆われている。いつ雨が降り出しても、おかしくなさそうだ。


 そんな空を眺めていると、オレはマリアの言葉を思い出す。


『ご主人様、もうすぐ空が曇ります。今日は、部屋干しでお願いします』

『お言葉ですがご主人様、もうすぐ空模様が変わります。どうか、わたしを信じてください』


 今から思えば、マリアの言葉は正しかったのかもしれない。

 マリアがあそこまで頑固に部屋干しにこだわったのは、このためだったのか。


 すると、雨が降り出した。

 雨はあっという間に強くなり、曇りで暗くなっていた空がさらに黒くなる。あと少しで夜と同じではないかと思うほど、暗くなった。

 冷たそうな雨が、事務所の窓を打ちつけていく。


「……あっ!」


 降りしきる雨を見ていたオレは、あることを思い出した。



 マリアは、傘を持って出かけなかった!!



 こんな土砂降りの中、走りながら帰ってくるマリアを想像する。

 メイド服が雨を吸って重くなり、身にしみる冷たさが、マリアの体温を奪っていく。


 そうなったら、間違いなく風邪をひいてしまう!


「マリア!」


 オレはいてもたってもいられなくなり、イスから立ち上がった。

 トレンチコートをクローゼットから取り出し、羽織った。事務所の入り口に置かれていた傘を手にし、事務所のドアを開ける。

 まるで滝のような雨が、通りを支配していた。

 こんな雨の中を、マリアは彷徨っているのかもしれない。


 オレは事務所を閉め、傘をさして雨の中に飛び出した。




「マリアちゃん? 今日は来てないわね」

「あぁ、あのカワイイメイドさんね。見てないなぁ」

「メイドさんよりも、こんな雨の中を歩いている兄ちゃんのほうが心配だよ。早いとこ帰った方がいいんじゃないのかい?」


 あちこちの店を回り、オレは口々にそう云われ続けた。

 どこを見回っても、マリアはいない。


 買い物に出かけるのなら、行く場所はだいたい見当がつく。

 マリアが買い物をする店といえば、安くて大量に食材を買える店が多い。ブランド品を扱っているような場所や、高価なものを扱う店には立ち入らない。


「残すところは……」


 オレはマリアがよく立ち寄る店を、しらみつぶしに回った。しかし、どこにもマリアはいなかった。

 後思いつくのは、少し離れたところにある量販店だ。あそこは遅くまで営業している上に、商品が安い。マリアは安売りをしている時は必ず行く。オレもマリアが来る前は、日々の買い物によく使っていた場所だ。

 雨は先ほどよりも激しくなってきている。

 だが、ここまで来たのなら、行くしかない。


 オレが行かないと、マリアは雨が止むまでずっと雨宿りをしないといけなくなる。

 いつ止むか分からない雨。止むのを待っていたら、夜になってしまうだろう。


 そんな中に、マリアをひとり置いていくわけにはいかない!


「待ってろよ……マリア!」


 オレは降りしきる雨の中、量販店へと向かった。




「マリア!」

「ご主人様!」


 オレが睨んだ通り、マリアは量販店の店先にいた。

 軒下で雨宿りをしていたようだ。買い物かごを手に、量販店の軒下にマリアは立っていた。


「マリア、やっと見つけた!」


 迎えに来たことを告げると、マリアは目を丸くした。


「わたしのために、雨の中を……」

「あぁ。今さらながら、車を出せばよかったと思っているよ」


 オレはずぶ濡れになっていた。傘をさしていたというのに、地面からの跳ね返りですっかり濡れている。

 上着はトレンチコートのおかげで無事だが、ズボンと靴は水を吸ってしまった。


 そんなオレの姿を見て、マリアは涙目になっていた。


「ご主人様、わたしのためにびしょ濡れに……!」

「気にすることは無い」


 オレは肩についていた雨粒を手で払い落す。


「オレはここまで雨が降るとは予想できなかった。マリアのおかげで、洗濯物が濡れずに済んだんだから」

「ご主人様……」

「さぁ、帰ろうか。傘を……」


 マリアに傘を手渡そうとしたオレは、そのときになって傘を1本しか持ってこなかったことに気がついた。

 慌てて事務所を閉めていったから、傘を1本しか手に取らなかったのだ。


 やっぱり、車で迎えに来るべきだった。


「……すまない、マリア。傘が1本しかない」

「ご主人様、大丈夫です!」


 そう云うと、マリアはオレのすぐ隣に立った。

 まるで密着しそうな距離感だ。


「マリア……?」

「ご主人様と、一緒の傘に入れば、1本でも大丈夫です!」


 確かに、それしかないな。

 オレは口元を緩め、傘を開いた。


「これで、帰れます。ご主人様、ありがとうございます!」


 マリアが笑顔で、オレにお礼を伝える。

 土砂降りだが、マリアの表情は晴れやかなものだった。




 先ほどよりは少し落ち着いてきた雨の中、オレはマリアと共に1本の傘で事務所へと向かった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ご意見、評価、誤字脱字指摘等、お待ちしております!

次回更新は、9月3日の21時を予定しております。

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