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最後のメイドと万年筆  作者: ルト
第1章 
23/37

第22話 温泉旅行~後編~

 わたしが目を覚ましますと、すでに夜が明けていました。


 寝過ごした!

 早く身支度をして、ご主人様の朝ごはんを準備しないと!


 そう思って起き上がろうとしましたが、わたしはハッとしました。

 わたしは今、ご主人様と休暇で温泉旅館に来ています。

 温泉旅館では、食事の準備を自分で行う必要はありません。それに休暇なのですから、ご主人様ともう少しだけ眠っていても、誰からも怒られることはありません。


「……ご主人様」


 ご主人様に鼻を近づけますと、とても落ち着くいい匂いが、ご主人様から漂ってきます。

 ずっと嗅いでいると、クセになってしまいそうです。


 もう少しだけ、近づいても……。


 わたしはそっと、近づこうとします。

 そのときでした。


「……んんっ、朝か」


 ご主人様が目を覚ましました。


「うーん、よく寝たぁ……」

「キャッ!」


 わたしは小さく叫んでしまいます。


「……マリア?」

「おっ……おはようございます! ご主人様!」


 わたしは起き上がり、ご主人様に挨拶をします。


「おはよう、マリア。もしかして、起こしちゃったか……?」

「い、いえ! わたしも今、目が覚めたところです!」

「そうか。……さて、と」


 ご主人様がベッドから降りると、わたしもそれに続くようにベッドから降りました。


「マリア、オレはこれから、朝食前に温泉に入ってくる。マリアも、一緒に行くか?」

「はいっ!」


 わたしは、迷うことなく返事をします。

 朝から温泉に入るなんて、初めての経験です。それに朝からお風呂に入れるなんて、まるで貴族みたいです。


「ご主人様と一緒に、温泉に入りたいですっ!」

「マリア、ここには混浴の温泉は無いよ」

「そっ……そうでしたっ!」


 ご主人様から指摘されて、わたしは思わず顔を紅くしてしまいました。




 温泉から出たオレは、マリアと共にレストラン『潮騒』へとやってくる。

 昨夜はここで海鮮料理のフルコースを堪能しながら、マリアと共にお酒を飲んだ。それから楽団による生演奏を聴いたり、大道芸人のショーを見たりして楽しんだ。

 今はそんな夜の面影はどこにもなく、クラシック音楽がBGMとして流れる中、朝食メニューを食べる人で賑わっている。朝食メニューはバイキング形式で、好きなものを好きなだけ食べていいことになっている。パンの種類は豊富にあり、オートミールやクラッカーも用意されている。ベーコンやソーセージといった肉料理も次々に出され、卵料理もある。スープも複数種類用意されていて、魚のスープがちゃんとあるところは、この温泉旅館が海に近いことをひっそりとアピールしているようだった。生野菜サラダやフルーツも切りたてが用意されている。飲み物はコーヒー紅茶、そしてオレンジジュースから選べるようになっている。

 何度来ても思うことだが、温泉旅館やホテルといった宿泊業界は、どこも朝食のメニューに力を注ぐ傾向があるようだ。


 空いている席に座るまで、マリアはずっとバイキング形式で人々が取り分けていく朝食メニューに気を取られていた。

 無理もない。温泉から出てきたオレたちは、お腹の中が空っぽだ。それにマリアは普段やっている家事から、今は解放されている。


「マリア」

「はっ、はい!」

「オレはここで待っているから、先に食べたいものを取ってくるといい」

「そっ、そんな! 私が待っていますから、ご主人様が……」


 遠慮するマリアだが、オレはもう待とうと決めていた。


「いいからいいから。早くしないと、食べたいものが他の人に取られちゃうぞ?」

「うう……ありがとうございます! お先に頂きます!」


 さすがのマリアも、ペコペコなお腹には勝てなかったようだ。

 すぐに皿を取りに向かい、しばらくしてから大量の朝食を皿に乗せて戻ってきた。フルーツやサラダが多めなのは、健康を気にしているようにも見えるが、オレは年頃の女性らしいなと思った。


 マリアが戻って来てから、オレも朝食を取りに向かい、オレが戻って来てから朝食は始まった。



「ううう……こんなに美味しい朝食を食べたのは、初めてです……」


 マリアは、初めて食べたという豪華な朝食に、感激していた。

 感激するのはいいが、感激しすぎて涙を流しながら食べるのは、正直やめてほしかった。先ほどから通りかかる他の宿泊客やボーイの目が、女を泣かした野郎め、というような目でオレを見てくる。全く当たっていないが、今の状態ではそう見えてしまうのも無理はない。

 いや、たとえマリアがメイド服を着ていたとしても、そうみられていたかもしれないが。


「マリア、あんまり美味しいからといって、そんな泣くことは……」

「すいません、ご主人様。私……メイドなのに……こんなに美味しい朝食をいただける日が来るなんて……思ってもいませんでした」


 マリアは口元を拭い、オレに向かって頭を下げた。


「ご主人様、本当にありがとうございます!」


 ボロボロと、涙をこぼしながら。


「わかった、わかったから! 人の目が気になるから、泣きながら食べるのだけはやめてくれ!」


 オレは声のボリュームを落としてマリアに伝えたが、必死に女をなだめようとしているように見えただろう。

 痛い視線を、いくつも感じていた。


 早めに朝食を切り上げ、オレはマリアを連れて逃げるようにレストラン『潮騒』を後にすることとなった。




 個室でゆっくりしていると、刻一刻とチェックアウトの時間が迫ってきた。

 時計を見ながら、オレとマリアは少しずつ荷物をまとめていく。チェックアウトする時間は、午前10時だ。それ以上滞在することはできないし、そもそも連泊を考えて予約は入れていない。


 午前10時には、オレたちはフロントに居た。

 鍵を返却し、料金を支払う。料金は、クレジットカードで支払った。高額な取引をするときには、現金が無くてもクレジットカードさえあれば支払いができる。実に便利なものだ。

 後日改めて、銀行の口座から料金が引き落とされる。


 領収書も貰い、オレはマリアと共に荷物を持って外に出る。

 今回の旅行は、マリアに温泉旅館の仕事を見学して実務に役立てる使用人教育ということにしておこう。そうすれば経費で落とせるはずだ。これなら移動のために使った汽車賃も、経費で落とせるはず。


 そんなセコいことを考えていると、マリアが口を開いた。


「ご主人様、温泉、、とっても気持ちよかったです」

「そうか、それは良かった。マリアも羽を伸ばせたみたいだな」

「はい。また、来たいです……あっ、すいません!」


 マリアは謝罪の言葉を口にした。


「私が、そんな贅沢なことを望んではダメですね……」

「いや、オレもここが気に入った。また仕事がひと段落したら、来ようか」

「……はい!」


 オレの言葉に、マリアは満面の笑みで答えた。


 そしてオレたちはその足で、駅へと向かって歩き始めた。




 帰りの列車に乗り込んで、オレとマリアは一息ついた。

 列車の出発時刻までは、まだ時間があったが、観光するほどの時間は無い。それなら早めに列車に乗り込んでおいて、そこでゆっくりと出発を待てばいいと、オレは考えた。マリアも同じ考えだったらしく、オレの決定に異議を唱えることも無かった。


 帰りの列車も、個室の座席を取った。

 これでプライベートな空間を保ったまま、オレたちは帰ることができる。


 座席に荷物を置き、窓を開けると、オレの耳に魅力的な単語が飛び込んできた。


「えー、駅弁。駅弁ーっ! おーべんとーうっ!」


 遠くからでもよくわかる、その声。

 売り物の名前を叫ぶ、威勢のいい声。


 窓から顔を出すと、駅弁売りがホームを歩いていた。

 駅弁売りは大きな長方形のお盆のようなものを首から下げ、駅弁を売り歩いている。


「おーべんとーうっ!!」

「マリア、駅弁を買っていこうか!」

「ご主人様、駅弁とは――?」


 マリアの返事を待たずして、オレは駅弁売りに手を振った。


「すいませーん! 駅弁くださーい!」

「はーい、毎度ーっ!」


 駅弁売りがオレの近くまでやってきて、販売している駅弁を見せてくれる。

 種類が豊富にあるのかと思っていたが、2~3種類しかない。いや、こうした形式で販売するには、これが限界なのだろう。

 お茶も一緒に販売しているらしく、ビン入りのお茶が売られている。


 これは好都合だ。

 昼飯は、これでもう決まったようなものだ。


「マリア、どれにする?」

「いいんですか? 私が選んでも?」

「もちろんだ。どれがいい?」

「それでは……」


 すると、駅弁売りが口を開いた。


「出発まで時間はありますから、ゆっくりと選んでいってくださいねー! 駅弁は逃げませんよー!」


 その言葉に甘えて、マリアとオレは時間をかけて、ゆっくりと駅弁を選んだ。

 そして駅弁を買ってしばらくしてから、列車が動き出した。




 ホームでオレたちに手を振る駅弁売りに手を振ってから、オレは窓を閉めた。


「ご主人様、そろそろお昼です。駅弁、食べませんか?」


 マリアは先ほどからもう待ちきれないらしく、尻尾を振りながら駅弁をチラチラと見つめている。

 もう待ちきれない様子だ。


「それじゃあ……そろそろお昼にしようか」

「はいっ!」


 マリアは駅弁を膝の上に乗せ、包みを解いていった。

 中から現れた色とりどりのおかずが入ったお弁当に、マリアの目は輝く。


 マリアの目の輝きは、駅弁を食べ始めると、より強くなった。


「駅弁って、初めて食べました! とっても美味しいです!」

「それは良かった。それじゃあ、オレも……」


 オレはマリアのようにはしゃいだりはしないが、オレも駅弁を食べるのは初めてだ。

 鉄道で仕事に行くこと自体が滅多になかったため、駅弁の存在は知っていても、食べる機会など1度も無かったのだ。


 さて、初めて食べる駅弁の味はどのようなものだろうか?


「うん、美味い!」


 オレは駅弁の味を、そう表現する。

 昨夜食べた海鮮料理のフルコースとまではいかないが、駅弁もそれに負けず劣らずな美味しさを持っている。山の幸と海の幸で構成されたおかずは、一緒に入っているパスタをまた口へと運びたくなるいい味をしていた。


「こんなに美味しいとは思わなかったな。今回の旅行では、美味しいものをたくさん食べられたな!」

「……ご主人様、駅弁を食べるのって、初めてなんですか?」


 マリアが、目を丸くしてオレに訊いてくる。

 オレは頷いた。


「あぁ。初めて食べた。それが、どうかしたか……?」

「いえ、何でもありません。……なんだか、嬉しいです」


 マリアは満足そうな笑みを浮かべて、駅弁を食べ進めていく。


 オレが駅弁を食べたことが初めてなのが、どうしたっていうんだろう?

 首をかしげながらも、オレは残っていた駅弁を食べ進めていく。




 オレたちは列車に揺られながら、温泉旅行という非日常から、日常へと戻りつつあった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ご意見、評価、誤字脱字指摘等、お待ちしております!

次回更新は、8月25日の21時を予定しております。

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