第15話(20歳) 思い出したのは
暗い部屋、冷たい床の上で目が覚めた。
大きな鉄格子が視界に映る。
「う……」
少し身体を動かすと、全身に痛みが走った。そして、自分が何故こんな所にいるのか思い出した。そうだ、俺は魔王に攻撃されたのだ。
両手には鎖が繋いである。目の前には頑丈そうな鉄格子。
牢屋のような所に閉じ込められているようだ。鉄格子に手を伸ばそうとしたが、鎖のせいで届かなかった。
体をゆっくりと起こす。
魔法を発動して鎖を壊そうとした。だが鎖に何か細工でもされているのか魔法がうまく使えない。
どうやら自力で抜け出すのは困難なようだ。
ずっと感じていた嫌な胸騒ぎが、いよいよ本当になった。俺は思った。
まさか魔王が直接攻撃してくるとは。すでに消耗していた俺達ではどうすることもできなかった。こうなることをわかっていれば……。もしくは、俺に勇者になれるような実力があれば対抗できたかもしれないのに。
そういえば、レッド達はどうしたのだろうか。周りには誰もいない。あのままみんな捕まっていてもおかしくないはずだ。
「やっと目が覚めたようだな」
突然そんな声が聞こえた。誰かの足音と鎧の擦れる音が近づいてくる
現れたのは魔王だった。相変わらず黒い鎧と禍々しい魔力に身を包んでいる。
「他の3人はどうした? なぜ俺を殺さない?」
俺は魔王に向けて聞いた。
「殺しなどするものか。3人も生かしておいてある。そっちの方が後で面白いものが見られそうだからな」
「何が目的だ……?」
「なに、少し貴様と話がしたいと思ったのだ」
「話だと……? お前となんか話すことはない!」
俺は言い放つ。とりあえずこの魔王は俺をさらいにあの場に現れただけらしい。
何の目的でそんなことをしたのかわからない。
「くくく……。時期に話したくなるさ。ウィル。これが何かわかるか?」
魔王は不敵に笑った後に、俺の前に握り拳ほどの何かを置いた。
それは先の尖った石のようだった。だがただの石にしては全体が紫色に怪しく光っている。その光は脈打つように明滅を繰り返していた。
「これは?」
「魔石だ。この石の中に膨大な魔力を含んでいる。人間に打ち込めば魔族の肉体と強力な魔力を得ることができるだろう」
「そんなものを何に使うつもりだ?」
「ウィル、魔族になりたいと思わないか?」
一瞬思考が止まった。こいつは一体何を言っているんだ?
そんなものになどなりたいわけがない。
「誰がなるか! 魔族になんて」
「それはどうかな? ウィル。お前は現状に不満を持っているはずだ」
「何を言って――」
「自分自身に実力不足を感じているのだろう?」
「!」
その言葉を聞いて俺は思わず口をつぐんだ。
「何度やっても勇者に勝つことができない。勇者は光魔法を覚えたりと実力をつけているのに、お前は実力で離されるばかり。先ほどの戦いだってお前は守られているだけだった」
魔王が口の中で何事かぶつぶつと呟いたかと思うと、急に辺りの空気がどろりと重くなったような感覚に襲われた。
地面の感覚が消え、上下がわからなくなる。
「何をした……?」
「少し本音で話しやすくなるように細工をしただけだ。ウィル。お前は不満を持っているはずだ。諦め、悔しさ、劣等感、怒り、不安、恐怖。そんなやるせない感情が募ってしかたがないのに、実力がないからどうすることもできない」
「黙……れ……」
頭がうまく回らない。だが、否定しなくてはという強い思いだけがあった。そんなことなど思っていない。そんなことなど……。
「だがお前がこの石を受け入れれば、自分だけの力を得ることができる」
「……自分だけの……力?」
その言葉があまりにも魅力的に聞こえた。
ああ、そうだ。本当はずっと感じてきていた。
どうせ勇者にはなれない。レッドには勝てない。俺はまたやらかしてしまう。俺にもっと力があれば良いのに、と。
魔族の力があれば現状を打開できる。レッドに勝てる。魔族を選ばず、勇者になれる。
――あれ?
頭の中に一瞬何かが浮かんだ気がした。だがそれ以上考えようとして、思考が闇の中に消えていった。頭の中に黒いモヤがかかっている。
「……本当に……俺が魔族になれば……力を得ることができるのか……?」
熱に浮かされたように俺が聞く。
魔王がニヤリと笑って答えた。
「ああ、勝てる。今のお前では成し得なくても魔族の力があればできる」
「……………………」
魔族の力があればできる。その言葉だけが頭の中をぐるぐると回っていた。
「さあ、答えを聞かせてもらおうか。ウィル? お前は魔石を受け入れ、魔族になるのか?」
「……俺……は……」
「迷うことなどない。貴様の中ですでに答えは出ているだろう? さあ早く選び取るがいい!」
魔王が急かすように問い詰めてきた。目の前の魔石が誘うように一際大きく光を放った。
「俺は……魔族に……」
魔族になる。そう言おうとした。
――本当に良いのか?
でもそんな疑問が何故か浮かんだ。
本当に魔族になれば力を得られるのか? レッドに勝てたか? 勇者になれたか?
その瞬間、俺の脳裏にある映像が蘇った。
魔王に魔族になるのか問われている。
俺は頷き、魔石を受け入れた。
魔族に変わった俺は本来の目的も忘れてレッドの前に立ち塞がった。
魔族になったところでレッドには敵わない。
俺はレッドに倒された。
――めちゃくちゃ後悔した。
「…………断る」
気づいた時にはそう答えていた。
「……ほう?」
魔王の眉がピクリと動く。
今のはなんだ? またデジャヴか?
デジャヴ? いや、今のは実際に体験した出来事だ。魔族になることを受け入れた時の記憶だ。
記憶? ああ、そうだ。思い出した。
今のは俺の記憶だ。勇者になりたいという夢すら忘れて、魔族を選んで、結局レッドにも勝てなかったという。俺の記憶で、後悔だ。
後悔したんだ。覚えてはいなかったけど、ずっと後悔していたんだ。だからずっと怖かった。また魔族を選んでしまうことをずっと恐れていた。
道を踏み外したことを。魔族を選んだことを後悔していたんだ。
「そこまで私の魔法に侵されておきながら、まだ抗えるとはな」
魔王が言った。
「俺は……魔族になんて……ならない……」
俺は必死に言葉を紡ぐ。魔王の魔法によるものだろう。魔王の意に反する思考を感知して、頭の中にノイズが響き出した。
「……そんな力に……頼ったところで……あいつには勝てなかった……」
魔法に抗いながら、俺は、言葉を捻り出す。
「魔族になったところで……何も得られなかった……!」
「フハハ……笑わせる」
魔王が嘲るように笑った。魔王は腰につけた大剣を引き抜いた。
「お前が魔族にならないというのなら、お前を生かしておく理由はない。お前はこのまま勇者と戦うこともできずに死ねばよい」
「…………」
先程思い出した記憶の通りなら、ここで魔族になるのを受け入れたところで俺は死ぬ。
そしてこのまま魔族になるのを拒否していても俺は死ぬというのか。
「……俺はどうせ……死ぬのか……?」
「そうだ。哀れな男だな。だがそれが貴様の運命だ。受け入れるがいい」
次の瞬間、魔王は剣を俺の胸に突き刺した。
「が、ぁ……」
全身に貫くような痛みが走った。
思わず俺は床に倒れ伏す。
遠くから魔王の笑い声が聞こえる。
俺はまた死ぬのか? せっかく思い出したのに。今度こそ道を踏み外さずにいようと思ったのに。
視界が、意識がどんどん暗くなっていく。魔王の笑い声だけが頭の中に響いていた。
……次こそは。
次こそは必ず勇者に……。
◯
【5歳】
止まった心臓が動き出したような感覚で目が覚めた。
「ウィルお兄ちゃーん! 起きてー!」
誰かが呼んでいる声がする。この声を、この言葉を、知っている。前にも呼ばれていた記憶がある。
僕は勢いよく体を起こした。思わず自分の両手を見た。子供の幼い手がそこにはあった。
そうだ、前にもこんなことがあった。確かこの後、妹がやって来て、勇者さんに会って、学校に行って、勇者一行になって、殺されて。
また妹に起こされて……。また……。
「……おえええ…………!」
それを自覚した瞬間、僕は――いや俺は猛烈な吐き気に襲われて、吐いた。
お読みいただきありがとうございました!
次回から3章開始なのですが、ここでしばらく休載させていただきます。
理由はストックが切れたからです……。
何があろうと必ずこの物語を終わらせるつもりで何とか書いておりますので、
申し訳ありませんが、お待ちいただけますと幸いです。
再開の際は作者のXや活動報告で報告します。
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