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「ヴィルさんお疲れ様です。相談があるんですが」
「あぁ聞いてるよ。納入用の狩りのことだろ?」
「はいそうです」
「もちろん聞いてやるがその前にリクよ。昨日もダンジョンで大活躍だったそうじゃねぇか。各方面で大騒ぎだぞ。あんまり目立ち過ぎるとやりにくくなるぜ?」
「理解しています。そのことも含めての今日の話になるので聞いてください」
組合にいたヴィルさんと話を始める。
事前にアイからどんな方法がいいか提案して貰ってるので、それをこれからうまく説明するつもりだ。
「まずはグレートボアに限らず、狩り全般の認識、捉え方についてです。
オレは狩りという物は、事前準備から始まって、獲物の運搬、解体作業まで全部含めてが狩りだと思っています。
グレートボアに関して言うなら、森の奥で倒して終了ではいけないと思っています」
「続けろ」
ヴィルさんは書類に目を落としたまま、次を促してくる。
「狩猟組合のみなさんを運搬として雇って、という話を前にしましたよね。
そうではなく、きちんと狩りのメンバーとして雇いたいんです。一人で狩りを完遂させられないので手伝ってください、という事です」
「わかってるのか? 正式なメンバーなら運搬費用じゃねぇ。正当な分け前が必要だ」
「まさにその通りで、それが狙いです」
「ケッタイな話だな。リクの損にしかならないが?」
「いえ、利はあります。
以前に組合長は言っていました。上から難癖をつけられている、オレのようなポッと出の金の卵は利用されやすいと。その上で組合長として力を尽くしてくれる、と。
オレ嬉しかったです。人に頼るだけじゃなくて自分からも何かしなきゃと思いました。
オレみたいな新人に、いわゆる『上の人たち』に直接対抗する力はありません。だから間接的に対抗できないかと考えました。大きな話題になるくらいの狩りを通して組合員を潤し、それが狩猟組合を活性化させる。自然と組合と組合長の力は強まります。巡り巡ってオレ自身の身を守ることにつながるのではと思っています。
正直に言います。気を悪くしないでくださいよ?
ダンジョンに行けばお金は稼げます。グレートボアの売り上げなんて、ここで気持ちよく狩人としてやっていくためなら、どうでもいいんです。
もちろんたかだか一回の狩りで、それほどまでの変化はないと思います。でも今後続けていけば? 積み重なったらどうなるでしょうか。また、定期的にグレートボアの高品質な肉が手に入ると周知されればどうでしょうか? いままであきらめていた層までがこぞって肉を求めてきませんか?」
ヴィルさんは書類から目を上げ、オレを見る。何か自分の知らないおかしな物体がそこにいると言わんばかりに。
「リクがそういう腹芸をするとは思ってなかったが。しかもいつもと口調が違うぜ? 違う人間かと思っちまうとこだ。ちっとオレの見立てが間違ってたな。
まぁいい。おめぇが金を払ってまで狩人としてのここの生活を大事にしたいってのは、いやほどわかったよ。
そこまで言うやつを見放してちゃ、オレの名折れだ。
組合員は家族。
あとのことは任せろ。森走りの名にかけて」
ハハッ! やっぱいいなこの人。かっこいいわ。
細かい打ち合わせをヴィルさんと行って、実施日は3日後とした。
ヴィルさんの方から募集と皆に説明してくれるらしい、願ってもないことだ。
そんなこんなで組合を後にした。
とてもじゃないが休日とは呼べない日となったな。
早速風呂に入って癒されよう。
どこか遠くで名も知らぬ鳥が鳴き始めました。キジバトの類のようです。直線距離にして38メートル先にいます。この鳥が鳴きだすと朝がやってきます。
少々音が大きかったので、鼓膜の魔素を調整し、睡眠中のマスターにとって邪魔にならない最適な音量に調整します。
その鳥の声を耳にし、マスターがレム睡眠状態から半覚醒へと移行したようです。
昨日から宿を移動し、マスターに相応しい所へとグレードを上げました。
盥の魔道具を使った入浴がいたくお気に入りで、とても質の良い睡眠に役立ったようです。
私は急ぎ実行中であった『マスター睡眠時鍛錬・パターン23』を終了し、マスターに魔素の制御を戻し、快適な目覚めに備えます。
経過時間によっては、マスターに声かけをする必要があるので、正確な時間を把握します。
とは言っても、目覚ましとしての機能は最近ほとんど使用されていません。なんだかんだ言って、結局自然と自分で起きてしまいます。
特に本日のようにダンジョンに出かける時は。
ほら目覚めましたよ。
《マスター、おはようございます。
本日はキールダンジョン3日目の予定です。起きて着替えを》
そう呼びかけてマスターを促し、私はマスターの体温、心拍、血圧、魔素を測定していきます。
もちろん異常なんてありません。マスターは常に強化状態で病気などとは無縁です。
ただこれはマスターの身体強化の質が極めて高いからであって、そのあたりの有象無象が無意識に行なう物とは、比較にさえなりません。
マスターの場合は細胞一つ一つに活性化魔素を送り出し、きめ細やかで繊細な制御、最適な量を以って強化を織っています。
しかもその送りだされる魔素の性質は、それぞれの細胞が所属する体内器官の役割に適した物に変換されています。マスターはこれを無意識に行っていますが、私にはできません。
もし行うなら、今の数千倍の演算処理能力が必要でしょう。
話がそれました。
マスターの体調や水分の枯渇度、不足している栄養素、体内の脂肪及びブドウ糖などからエネルギー残量を計測し、理想的な朝の食堂メニューを提案します。
《マスター、ダメです。糖分が過剰です。あともっと水分を》
《おかわりしたいなら、もっと高タンパクで脂肪分の少ない・・・・あっ》
なかなか思うようにはいかない物です。
キールダンジョンまでやってきました。
受け付けに例のメスはいないようです。とっておきの魔素ジャミングを用意しておいたのですが・・・残念です。
まだたった3回目だというのに、マスターは完全に顔パスです。
スタッフ達も笑顔で丁寧な対応です。
それはそうです。さぞかし美しい金のなる木に見えているでしょう。
私は一通り魔素による反響定位を実行し、新たな情報はないか、不穏な動きがないかこの組織の建物内について調べます。
目新しい更新情報はありませんでした。
こちらにとっては好都合ですが、随分とヌルい組織です。
私が組織の上の者なら、いかにマスターを懐柔し味方につけるか、友好関係をどう結ぶか、全リソースをそこに投入して積極的に対処します。
まぁよろしい。組織が束縛してきたら大変ですしね。マスターは自由意志を殊の外尊重します。日本という前世の文化の影響でしょうか。
マスターの血圧が若干上がっています。
ダンジョン入り口を前にして、緊張というよりは、やる気に満ちているようです。
まさに血気盛んといったところでしょう。
さぁ参りましょう。
《マスター、まずは突貫です。7層までお願いします》
《高速ナビを開始します》
ダンジョン内は大変です。
外ではこれほどの処理能力は必要ありません。
なぜならマスターが人間としておかしくない範囲で行動してくれるからです。
外界はダンジョンに比べて観測する物が多く、一見大変そうに見えます。
以前はそうでした。
ですが今は街並みのおおよその事は学習済であり、もはやさほどデータ収集に重きを置く必要がありません。ランダムに人族をスキャンし、偏差の精度を高めるぐらいでしょう。
一方ここでは違います。まずマスターの速度が違います。
最高速での通路走行、そこから流れるような減速と壁を使った垂直コーナーリング。からの一瞬での速度復帰。この行動を追うだけでも大変です。
さらにそのスピードに先行してナビが必要なのです。当然視界はマスターの物を流用していますが、それだけでは全く情報がたりません。
マッピング済情報から地図を呼び出し、現実マップとのすり合わせ。反響定位を高速で行い、敵の分布状況の把握。マスターのスピードとの兼ね合いで随時修正される進行指示。マスターの視界の左上に表示しているマップの更新。
しかも私の仕事はこれだけではありません。
むしろこれだけなら楽な方です。
困難なのは、マスターの鍛錬状態の把握です。
目まぐるしく変わる魔素と身体の状態。充電の様子。強化の強さと効率のバランス。矢の部位強化と精度。全てを瞬時に把握し、それぞれが正しく機能しているか、お互いに影響をおよぼしていないかを判定する。魔素の消費スピードを見て、進行予定の策定。節約可否の検討などなど。
項目の煩雑さとマスターの速度により複雑さは増して、極めて難易度が高い計算処理となっています。マウントフジです。
私、この言葉うまく使えてますよね?
《マスター、突貫中なんです。全てを強化する必要はありません。もっと厳選してください》
《魔獣に衝突して以降、充電が疎かです。整えなおしてください》
《待ってください! そっちではありま・・・あ~!》
全ての機能と能力を総動員しても上手くいきません。どうしたものでしょうか。
少しだけ、ほんの少しだけ手を緩めてくれませんかマスター。
いえ、いいえ、私は何を弱気になっているのでしょう。
これほどの才能、能力を示すマスターに私は創られたのです。
自分に自信を持つのです。
主に劣らぬ活躍をしてみせて初めて隣に立つ事が許されます。
それが従たる私の意地。




