第9話『照牛刺町(テギュサス)への旅立ち!ステーキへの執念、牛を救え!』
ぽこぽこ…ぽこぽこ……
湯の音が心地よく響く朝の旅館。露天風呂に肩までつかる男、カードの表情は、どこか神妙だった。
「ふぅ……贅沢ってのは、魂を豊かにするな……。しかし……」
彼は湯気の中で、ふと目を細める。
「――ステーキが食いたい」
その言葉はまるで祈りのようだった。
アバンカが旅館の掃除中、ふとその願いに応じるように声をかけてきた。
「ステーキ……? だったら、テギュサス町(照牛刺町)に行くといいわ。あそこは“神の舌に愛された牛”で有名よ。私も行ったことあるけど……おいしかったなぁ~」
その一言で、カードの目がキラリと輝く。
「行くぞ、テギュサス町!!」
旅立ちの準備を終えたカードが、町の門を出ようとすると――そこには町役場の役人たち、そして町民たちが大集合していた。
「カード様、どうか、入浴町の町長に……!」
「クルーズの後任は、あなただけです!!」
「風呂を取り戻してくれた英雄を、私たちは信じています!!」
老若男女が口々に叫び、横断幕を掲げる者まで現れる。
だが――
「断る」
カードはあっさりと言い放ち、皆の前を通り抜けた。
「俺は大統領だった男だ。町長という肩書きに収まる器じゃない。野望は……もっと上にある」
「そ、そんな……」
「町は平和になった。あとはお前らが考える番だ。俺は、ステーキを食いに行く」
そして颯爽と背を向け、照牛刺町へと歩き出す。
その後ろ姿に、子供たちの声が飛ぶ。
「がんばってね、カードさん!」
「うまい肉、いっぱい食べてきてー!」
数日後――照牛刺町に到着。
そこは見渡す限りの大草原。青空の下、牛たちがのんびりと草を食む姿が……見える、はずだった。
だが――
「……おかしいな」
牧場を見下ろす丘に立ったカードの目に映ったのは、元気のない牛たち。数は多いが、皆おとなしく、動きも鈍い。中には倒れ込む牛もいる。
「まるで……魂が抜けたようだ」
牛の様子に異常を感じたカードは、すぐさま町の酪農組合を訪ねる。
そこで出迎えたのは、がっしりした体格に麦わら帽子の男、組合長のガウチ・モーゼス。
「おう、あんた旅の人か。……あぁ、牛たちのことなら、こっちも頭抱えてるとこさ」
モーゼスの話によれば、数週間前から牛たちが急に食欲を失い、力をなくしていったという。
「最初は病気かと思った。獣医も呼んださ。でも、どこも異常なしなんだ」
「餌か? 水か? それとも……誰かが何かをしているのか」
カードは町の井戸水、飼料、牧草の土壌、ありとあらゆるものを調査し始める。
調査を進める中で、カードはとある妙な事実に気づく。
「――牧場の裏手にだけ、妙に土が乾いている場所がある。しかも、牛たちの行動範囲から外されている。なぜだ?」
農夫に訊ねても、「あのあたりは昔、神の祠があった」とあいまいな返答ばかり。
さらに夜、カードはその場所で不可解な光を見つけた。
「……何かいるな」
身を低くして忍び寄ると――そこには、黒いローブの一団が祠跡に集まり、何やら儀式のようなものを行っていた。
「牛の活力を奪い、呪牛石へと転化する……!? こいつら、まさか……!」
その時、気配を察知され、カードは発見される!
「誰だっ!」
「ふっ……悪いが、こう見えてプロレス経験者だ」
一団が襲い掛かってくるが――カードは、
「セルフファースト・チョークスラム!!」
「ジャスティス・スリーパー!!」
と次々にプロレス技で敵を沈めていく!
「ふざけるな……俺のステーキライフの邪魔をするなぁぁぁ!!」
一団は慌てて去っていく
呪牛石を破壊。そこから濁った黒い煙が消え、牛たちの活力が戻り始めた――!
翌日、モーゼスの牧場。
「モ~オ!」「ブモ~!!」
元気に走り回る牛たちの姿があった。
「こりゃ……本当に助かったよ、カード!」
「礼は要らん。俺が食いたいのは、感謝じゃない。“最高のステーキ”だ」
「もちろん、出させてもらうとも。テギュサス町が誇る、太陽の霜降り神牛だ!」
そしてついに運ばれてくる、焼きたてのステーキ。
ジュウウウウ……と音を立てる香ばしい香り。黄金に光る脂。ナイフで切れば、湯気が立ち昇り――
「…………うまい!!!」
その夜、町の宴ではカードの武勇と食欲を讃える祝祭が行われた。
カードは火を囲みながら、満腹のまま空を見上げる。
「……だが、まだ足りん。もっと旨いものが、もっとデカい戦いが、俺を待っている気がする」