第7話『湯の減る町と地下遺跡の陰謀』
入浴町の朝は、いつも湯気と共に始まる。街角のあちこちから立ち上る温泉の湯気は、まるでこの町の命のように見えた。
しかし最近、その「命」が弱ってきていた。
旅館「ゆの家」。ムラニアとアバンカが営む町の老舗旅館で、以前は町外からも観光客が絶えなかったが、今や客足はまばらだった。
「どうして……湯の量が、どんどん減ってきてるのよ……」
浴槽の縁にしゃがみこみながら、アバンカが悔しげに水面を撫でた。以前はあふれんばかりだった湯も、今では底が見えるほどにまで減っている。
そんな娘を、ムラニアは静かに見つめながら背後からそっと手を置く。
「もう、源泉の力だけじゃ足りないのかもしれないわね……修繕費も、厳しいし……」
その言葉を、廊下の柱にもたれて聞いていた男が、フンと鼻を鳴らした。
「……おい、ちょっと待て」
姿勢よく立つ金髪の男――元某国大統領、セルフファーストの申し子こと、カードだった。
「この町の温泉が減ってる?旅館の経営が危うい?そんな重要問題に、町長のクルーズは何をしているんだ。まさかサウナの水風呂拡張に予算を回してるとか言わないよな?」
「……本当にそうなのよ」
アバンカが力なく笑った。
「町の公衆浴場だけは、湯の出が良いらしいの。そこだけ異常なく温泉が溢れてる。おかしいと思わない?」
カードは眉をひそめた。そして視線をアバンカに向ける。その瞳は、彼女の“姿”ではなく“心”を見ていた。
――どうしてだろう。
この少女を見ると、かつての「娘」と重なって見えてしまう。
「…………」
そしてムラニア――かつての「妻」に似た女性も、心の奥でカードの記憶をかき乱す。
「放っておけるか……。この俺の、セルフファーストに反する」
そう呟いた彼の瞳に、静かな決意が宿った。
カードは、町の古文書館で「源泉管理図」を手に入れると、独自の調査を開始した。
「源泉の流れが変わっている?いや、これは……不自然すぎる」
配管の設計図では、旅館「ゆの家」に最も温泉が供給されるはずだった。しかし、現在その流れは明らかに逸れていた。
「……これは操作されている」
カードはすぐさま地下源泉への立ち入り口へと向かった。
入浴町の地下には、古くから封印された温泉遺跡があった。光が差し込まない薄暗い階段を、懐中ランプを片手に進む。
「まるで……温泉の神殿だな」
地下深く、そこには巨大な円形の石造りのホールが広がっていた。壁には古代風呂文化を描いたレリーフが刻まれている。
そして中央――
「なっ……!」
大量のパイプと機械装置が組まれ、金属製のバルブが何本も温泉の流れを操作していた。
「……これはっ」
物陰に身を隠しながら、カードは見た。そこにいたのは――クルーズの部下たちだった。
「よし、これで今日もクルーズ様の“プライベートバス”に温泉が流れるようにしたぞ」
「他の旅館? 知るか。町長に逆らうから悪いんだよ」
「こんな地下に誰も来やしないさ。まさか、あの元大統領が来るとも思わないしな、ガハハ!」
カードの目が光った。
「……まさか、こんな卑劣な手を使っていたとはな、クルーズ」
彼は静かにポケットから取り出す。
――スーツの中にしまっていた、レガシーなプロレス用エルボーパッド。
「おい、貴様ら。こっちを向け。せめて“礼儀”は教えてやる」
ドン!
カードの足音が石床に響いた瞬間、部下たちが顔を上げる。
「誰だ!?」
「誰でもない……この町で、“正しい湯”を守る者だッ!」
光速のタックル。続いて繰り出されるスリーパーホールド。そして極めの――
「セルフファースト・ジャーマン!!」
地響きを立てて一人、また一人と沈めていく。
カードは、すべてのバルブを解放し、源泉を正しいルートへと戻す。
「これで、ゆの家にも、町の旅館にも湯が戻る……クルーズ、貴様の好き勝手にはさせん」
翌日。
旅館の浴槽は、再び温かく、こんこんと湯を満たしていた。
「……本当に、湯が戻った……!」
アバンカが目を見開き、湯を両手ですくい上げた。
「カードさん……ありがとう……!」
ムラニアも、静かに微笑む。
「あなたがいてくれて、よかった……」
カードは、わずかに顔をそらしながら、照れたように言った。
「勘違いするな。俺が動いたのは、俺の精神が痛んだからだ。“俺の気分が良くない”から行動した。ただそれだけだ」
それでも、アバンカとムラニアの瞳には、しっかりと“感謝”が映っていた。
町の奥深くで発見された陰謀。
カードの活躍によって、町の温泉は取り戻された。
しかし……クルーズは、まだ引き下がってはいなかった。