第28話『スラムの支配者』
夜の帳がスラム街を覆うころ、カードは静かに廃工場跡地の前に立っていた。
工場跡は錆びた鉄骨とひび割れたコンクリートの塊で、かつての賑わいは影も形もない。
今、その入口付近では、昼間から酒を煽っていた男たちが、路上に木箱を並べて酔いどれ騒ぎを続けていた。
「クククッ……あのカジノで稼いだ金、ひったくってやったのは正解だったなぁ」
「明日もやるか、あの女の子からもむしり取ってやる……」
下卑た笑い声が響く中──
風のように音もなく、カードの影が背後に忍び寄った。
バシュッ! ゴンッ! ドスッ!
「ぐわっ!?」「……な、なんだ……!?」
男たちは悲鳴を上げる間もなく、首筋を打たれ、膝裏を払われ、次々と昏倒していった。
カードは全員をロープで手際よく縛り上げ、背中を一度軽く叩くと深呼吸し、廃工場跡の重い鉄扉の前に立った。
ギィィィ……ッ。
錆びた音とともに扉を押し開くと、中は薄暗い照明の下、荒くれ者たちがたむろしていた。
数は10人以上。タバコの煙が充満し、酒瓶が転がり、ギャンブルの声が飛び交っている。
その喧騒が、一瞬にして凍りつく。
「──なんだお前」
入り口近くの短髪の男が訝しげに睨む。
「……何しに来やがった?」
カードは無言で歩み寄り──
ドゴッ!!!
一撃。
拳が男の顎をとらえ、短髪の男は吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
その瞬間、場内の空気が一気に張り詰め、ざわめきが広がる。
「ここのボスは誰だ?」
カードの低く冷たい声が響く。
奥から、一人の巨体の男が立ち上がった。
頭にバンダナを巻き、分厚い胸板と刺青の腕を露出し、口元に挑発的な笑みを浮かべている。
「……俺がボスだ。おい、テメェら! ぶっ潰せッ!」
号令と同時に、ごろつきたちは雄叫びを上げて一斉に襲い掛かってきた。
カードは微動だにせず、
迫りくる最初の一人を、背負い投げで地面に叩きつけ、
次の一人の腕を取り、肘を極めて投げ飛ばし、
三人目をラリアットでなぎ払い、
四人目を足払いからの膝蹴りで沈めた。
怒号と悲鳴が入り乱れ、やがて──
そこにはボス以外、床に転がった呻き声の山が残されていた。
「……ッ、化け物か……」
ボスはさすがに表情を引きつらせたが、それでも闘争心をむき出しに、
「オォォッ!」と叫びながら突進してきた。
カードは軽く肩を回し、ジャケットの裾を正しながら呟く。
「ジャケットを脱ぐまでもないな……」
そして襲い掛かってくるボスに、正確無比なカウンターのボディブローを叩き込んだ。
「ぐっ……お、おのれ……!」
勝てないと悟ったボスは、足元の鉄パイプをつかみ、
「これならどうだァッ!」と渾身の力で振り下ろした。
──ガシィッ。
鉄パイプはカードの腕に、固く止められた。
「フッ……」
カードは静かにパイプを奪い取り、両手でグイッと力を込める。
ギリギリギリ……メリメリッ……。
観音開きのように、鉄パイプが美しくU字に曲げられていく。
「武器などに頼らず、己の肉体で闘え」
その言葉に、ボスの顔は真っ青になった。
「ひ、ひいぃぃ……ッ!!」
背を向け、脱兎のごとく逃げ出すボス。
だが──
「逃がすか」
カードの腕がスッと伸び、ボスの首根っこを捕まえると、あっさりと持ち上げた。
「さぁ、大人しくしてもらおうか」
縄でしっかりと縛り上げられ、情けなく呻くボス。
カードは最後に工場内を見渡し、ため息をついた。
「さて、あとはこいつらの背後を探らないとな……」
月明かりに照らされ、カードの背中が静かに輝いていた。




