常識
「ちょっと、待って、城に入るの? 」
「ピギー、いいから。気にせず歩いて」
魔物を殲滅し終え、エディーガーデンの城に向かった俺たちは、城下町と城と繋ぐ橋の近くで話していた。
「お嬢様。もう身分を明かされては、いかがですか? 」
とシウも困り果てている。
「……私、この国の第二王女なの」
と、突然、意を決したようにマトイが言った。
「だ、第二王女……? 」
「……そう」
とマトイが頷く。
マトイとシウが言うには、イルディア家というのはこの国の王家なのだという。
マトイは幼少期からこの国の王宮で育ったが、優れた魔術の才能と頭脳を理由に、国のあちこちを飛び回っていたのだというのだ。
マトイにはひとりの姉、カラミ・イルディアがいて、いずれ彼女が王女になるのだとふたりは話した。
(マトイ、王家の血筋だったのか……)
(確かに、どことなく気品があるような……)
と、今更俺はそんなことを思っていた。
(……だけど、なんでそんなことを今まで隠していたんだろう? )
その理由は、城に入ってすぐにわかった。
……
「なにしに戻ってきたの」
玉座に着くなり、王女の横に立つ女性にそう言われたのだ
容姿はあまり似ていなかったが、この女性がマトイの姉のカラミであるというのはすぐにわかった。
「あんたの助けなんて必要ない! 今までずっと国のことと関係ないことで遊んできたあんたが、今更なにしに戻ってきたの? 」
(おお……)
と、俺は思わず慄く。
マトイも意志の強い感じはあるが、カラミのほうはそれがさらに強いというか……。
(もう、ここまで来ると、むしろ性格悪いな……)
気が強いとか意志が強いとか言うより、他人に対する意地の悪さが顔に現れていたのだ。
「それに、呪われて魔術の使えなくなったあんたに、なにが出来るの? 」
「呪いは、見ての通り、解けた」
とマトイ。厳密には解けてはいないが、姉の前でハッタリを言ったのだろう。
「くっ……」
と姉のカラミが歯切りする。
(おいおい……)
と俺は思う。
(実の妹の呪いが解けたんだぞ……)
(もう少し喜んでも良いんじゃないか……? )
……これは後で聞いた話だったが、昔からマトイとカラミは仲が悪いらしい。
というか、ことあるごとにカラミがマトイに嫌味を言ってくるのだという。
その理由についてマトイは詳しいことを話さなかったが、あるときにシウに事情を教えて貰った。
マトイは幼少期からその才能を認められて生きてきた。
一方で、カラミはそうではない。国の第一王女ではあるが、――魔術の才能も悪くないものを持ってはいるらしいが――突出した才能があるわけではない。
……要するに、カラミはマトイに嫉妬しているのだ。
「帰ってちょうだい! 」
突然、カラミが怒声を上げた。
「今更になってのこのこ現れて、ふざけないでちょうだい! この国は私が立て直すのよ! お母様もそう言ってくれているわ! ねえ、お母様? 」
そう言われて、王女らしきふたりの母親は、玉座でおろおろと困っていた。
ものすごく美人ではあったが、気の弱そうな、線の細い女性だった。
……これも後で知ったことだが、ふたりの父親である国王は、今は病に臥せっているという。
玉座の近くにはその姿はなかった。
「……そう言われても、私は勝手にやる」
「ッッ!! 」
カラミの顔に、激しい怒りが浮かぶ。
「出ていって! 」
とカラミの怒声が王宮にこだまする。
「私の前にその顔を見せないで! さっさと消えて! 消えろ! 」
(ものすごいヒステリーだな……)
(もはや王家の威厳にもなんにもないぞ……)
だが、そんな姉の激高も意に返さず、
「……お母様。戻って参りました。この国は、頑張って私たちが立て直そうと思います」
と、マトイは王女に挨拶をしていた。
すると、気弱そうな王女が微笑み、
「良かった。マトイ。呪いが解けたみたいで。……頑張ってね」
と、小声でエールを送っていた。
「……はい」
とマトイも笑みを浮かべる。どうやら、ふたりの間には親密な愛情が通っているらしい。
なんだか、微笑ましい場面だった。
もっとも、
「早く出ていけ! 」
という、カラミの怒声によってそのムードは無残にも破壊されたが……。
……
「なんか、マトイも、大変なんだな」
と宮殿を出たところで言うと、
「私は別に……」
とマトイは俯いて言った。
「あのひとは、自分の能力が受け入れられていない」
「あのひとって、マトイのお姉さん? 」
「……そう。私は、本物の天才。それはどうしようもない事実なの。あのひとの能力では、可哀想だけど、私には勝てない。あのひとは、それが受け入れられない」
「そうか……。でも、良かったね、マトイは天才で」
と言うと、
「こんなもの、別に……。欲しくない」
とマトイがぽつりと言った。
「たまたま持って産まれただけで、私が望んで手に入れたものじゃないから……」
すると、こそっとマトイが俺に耳打ちした。
「私は、ピギーがいれば良い。……あなたがいれば、ほかになにもいらない」
「えっ? 」
と言うと、マトイはもう違う方を向いていた。
どことなく、思わず言ってしまった、という感じだった。
マトイは草むらに翔んでいる蝶を見ていたが、その耳は真っ赤になっている。
(ときどきだけど……)
(俺はこの娘からものすごい愛情を感じる……)
(……しかし、王家の娘で、第二王女で、魔術の天才で、頭脳明晰で、――そんな娘にここまで言われるのか……)
どうも、そんなふうになるのに、思い当たるフシがない。
(お、俺、なんかしたっけ……)
(で、でも、俺の方でも、マトイのこと……)
と思うと、俺は急に恥ずかしくなって、こっちも真っ赤になっていた。
……
マトイたちが用意してくれて、城の外れに俺たち専用の小部屋と作戦会議室を与えられた。
早速俺たちは作戦会議を始めた。
このエディーガーデンの国では、誰がどう見ても魔物が異常発生している。
大地は荒れ、作物は枯れ果てていた。
食料問題や若者の失業など、様々な問題はあるが、ひとまずは周囲の魔物を根こそぎ狩っていくことにした。
俺の「生体反応感知」を使うと、辺り100km四方以内に、約12箇所の魔物の異常繁殖スポットが有ることがわかった。
それをひとつずつ潰していくことにしたのだ。
「ご主人さま、倒した魔物の部位はどうしますか? 」
作戦会議が終わったあと、シウたちの去った小部屋でアオがそう呟く。
「ああ、そうか。結晶化しようか……」
アオに案内されて近くの倉庫に行くと、昼間倒した約1800匹の魔物の臓器が積み上げられていた。
一時間ほど時間を掛けて、それらを丁寧に結晶化、部位化していく。
……正直、異常な量の結晶だった。
「う~ん、さすがに個人じゃ喰いきれないな、これ……」
と言うことで、今後は俺はAクラスの結晶と、効果(大)のもの、スキル獲得系以外はもう喰わないことにした。
ランクの低いものや、効果の薄いもの喰っていると、あまりに切りがない。
「じゃあ、残りはどうします? 」とアオ。
「……出来れば、ハングリー・バグに持っていきたいが……」
と言うと、
「私が届けましょうか? 」
「え、いいの? 」
「もちろんです、ご主人さま」とアオがにっこり笑う。
「じゃあ、早速、フリューゲルさんに念波を送ってみよう」
……以前取った「思考共有」によって、俺は離れた相手とも通信出来るようになっていた。
これは元の世界で言う電話に似ている。
フリューゲルさんともすでに思考共有する為の“繋ぎ”(電話で言う番号登録のようなもの)は済ましてあった。
――フリューゲルさん。今からアオが結晶を持っていきます――
と念波を送ると、
――おお、ピギー。すごいな……。ほんとに声が聞こるよ……――
と驚いている。
――ちょっと結晶が余ってしまって……。受け取って貰えませんか――
――それは良いが、どのくらいの量だ? ――
――多分、1600~1700ぐらいかな、と思うんですけど……―ー
俺は自分が喰うであろう結晶を除いた数を話した。
――……おい、おい……。お前な……――
とフリューゲルさんが呆れている。
――え、ダメですか……――
――ダメじゃないが……――
フリューゲルさんのため息が聞こえた。
――ピギー。そんなにたくさんの結晶を渡されてみろ。冒険者たちの常識が根底から覆るぞ。もはやお前がやっているのは、この世界のルールの破壊だ。転覆だよ。もう弱小ギルドが成長するとかそんなレベルの話じゃない。……手っ取り早く言えば、今から、世界が変わるぞ? ――
(た、確かに……)
と俺は思う。
数十個結晶を与えただけで、冒険者のランクが一気に上昇する世界なのだ。
千も二千も与え始めたら、もはやこの世界の常識が壊れはじめてしまう。
――あーもう、良いから持って来い! 俺がなんとかしてやる! ――
なにかやけっぱちに似た声でフリューゲルさんが叫ぶ。
――す、すいません……―――
と、俺もなぜか謝る。
――……そうそう、それと、お前がそっちに発ってすぐに、エフィーのパーティーがA級に繰り上がったよ。それから、最初に結晶を分け与えた二組のパーティーもA級に繰り上がった。……ピギー。俺はもうわけがわからんよ。このあいだまでここは弱小ギルドだったんだ。それが今じゃ、A級パーティーが六組も在籍している。しかも、低級冒険者たちが次々とB級に繰り上がって行っている。このまま行くと、全員A級になるぞ?? ――
(エフィーさん、A級まで来たのか……)
なにか感動に痺れてそう考えていると、
――おい、ピギー、聞いてんのか! 俺はいったいなにを拾ったんだ? この街に馴染めない情けない冒険者を拾ったつもりだったんだが、お前はなんだ?? 神か?? ――
若干パニックになっているのか、フリューゲルさんがそう喚く。
――す、すいません! ――
と、俺もなぜか終始謝っていた。
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