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大蜘蛛



 ダンジョンの奥のちょっとした空間に一匹の大蜘蛛がいた。

 「マトイ、魔術を頼む」

 すぐさまそう指令を出した。

 「……うん。……“麻痺(パラライ)”」

 すると身の丈が俺の倍はある大蜘蛛が静止した。


 近づいて行って8本ある足のうちの一本に剣を振り下ろした。

 だが、大蜘蛛の足は硬く、剣は足のうえに浅い溝を作るだけだった。

 (かなり硬いな……。これじゃあ何度振り下ろしても、足を切断できそうもない……)

 

 「ギギ……」

 大蜘蛛が苦しそうに声を出した。

 (もう麻痺が解けそうだ……。一度逃げた方が良いな……)

 「マトイ、一旦逃げよう。もう麻痺が解けそうだ」

 「……わかった」

 

 マトイの“麻痺”は何度でも使えるが、すぐに連発は出来ない。

 約五十秒ほどのインターバルを設けないと、次の一発が撃てない。

 大蜘蛛の麻痺が解け切る前に急いでダンジョンを引き返す。

 (麻痺が効いている時間が大体8秒くらいか……。かなり短いな……)


 だが、走ってダンジョンを引き返していた俺たちに、あっさり大蜘蛛が追いつく。

 麻痺が解けた大蜘蛛は天井に張り付いて素早くこちらに向かって這ってきていた。

 (図体がでかいのに、ものすごい速さだ……)


 大蜘蛛が天井から俺に向けて糸を吐いた。

 咄嗟に避けようとするが、糸は右足に絡みついた。

 糸は粘着性が強いらしく、右足は地面にへばりついていた。

 思わず足がもつれて、地面に倒れた。

 (まずい、このままじゃ、食われる……)

 大蜘蛛が天井から降ってくるのが見えた。


 

 

 大蜘蛛が長い前足で俺の顔に爪を立てようとしてくる。

 それを、かろうじて剣で弾いた。

 だが、さらに別の足が俺の頭部に振り下ろされ、俺は地面に剣を突き立ててそれを防衛した。

 ぎいんという、鉄と鉄がぶつかる合うような音がした。

 死体から漁った剣を次々と地面に突き立てて、どうにか蜘蛛の餌食にならないようスペースを確保する。

 次々と足が振り下ろされるから、俺は蜘蛛の身体のしたで、鳥かごのなかにいるような状態になっている。

 (やばい、やばい……。このままじゃ、食われる……)


 そのとき、

 「快復した……」

 と少し離れたところにいるマトイがそう呟くのが聞こえた

 「“麻痺”……」

 

俺の鼻のすぐ目の前で大蜘蛛の足がぴたりと止まった。

「ギギ……」

 大蜘蛛の漏らす微かなうめき声が聞こえる。

 (危なかった……。あと1秒遅かったら、やられてた……)

 (でも、このままじゃ、逃げてもまた追いつかれる……)

 

 俺は腰からナイフを取り出して、足に絡みついた糸を切り取った。

(ねばねばして、なかなか切れない……。急がないと、また動き出す……)

(よし、解けた……)

突き立てた剣の間をすり抜けて、俺は大蜘蛛の身体をよじ登っていった。


 登り切ると、真っ黒な大蜘蛛の眼球が俺を見つめている。

 (よし、目を潰してしまおう……)

 大蜘蛛が息を飲むのがわかる。

 その眼球が、怒りと恐怖の混じった感情のなかで震えている。


 俺はゆっくりとナイフを大蜘蛛の眼球に突き刺していった。

 「ギ、ギギ、……」

 動けないはずなのだが、大蜘蛛の苦しげな嗚咽が漏れる。

 ナイフを奥まで突き刺すと、眼球は急にしぼんで、なかから砂の混じったどろどろとした液体が溢れてきた。

 (よし、もう一方の目も、潰してしまおう……)

 ナイフを近づけると、大蜘蛛のもう片方の目が震えながらナイフを見つめているのが分かった。

 (大蜘蛛でも、恐怖を感じるんだな……)

 (可哀想だが、やらないと俺が食われるしな……)


 もう一度、ゆっくりと大蜘蛛の眼球にナイフを突き刺していく。

 じゅぶじゅぶと肉が崩れていく音がした。

 母親がハンバーグをこねているときの音に似ていた。

 ナイフが奥に刺さっていくあいだ、

 「ギギ、ギギギ……」

 と硬直した大蜘蛛の口元から苦しい声が漏れ続けていた。


 (そろそろ硬直が解ける……。逃げないと……)

 俺は眼球の一番奥までナイフを押し込むと、最後にぐるりと手首を捻っておいた。

 すると、

ぐちょり、と気持ちの悪い音が手元に響いた。

 (うげ、気持ち悪い……。でも、まあこうしておけば、完全に眼球は機能を失うだろう……)


 

麻痺が解けると、

 「ピィィギャァァァ」

 と大蜘蛛はダンジョン中に響き渡る絶叫を上げて、

 殺虫スプレーを掛けられたゴキブリのように辺りをのたうちまわった。


 (大暴れしてる……。動きは虫そのものだが、あの大きさでそれをやられたら、たまったものじゃないな……)

 急いでその場所から離れた俺たちは、安全なところから大蜘蛛が暴れまわるのを見ていた。

 (目を潰しておいたから、こっちには気づかなそうだ……。良かった……)


 そして、マトイのインターバルが終わると、再び近づいていって麻痺を掛けた。

 「マトイ、頼む」

 「うん。……“麻痺(パラライ)”」

 


 再び大蜘蛛の身体をよじ登り、硬直したその額にナイフを当てると、

 「ギギ、ギギ……」

 と大蜘蛛の漏らす声が聞こえた。

 さっき自分の眼球を潰していった男が今自分の顔を登ってきて、再びナイフを突き立てているのだと、大蜘蛛にもわかるのだろう。

 俺はゆっくりと、額の皮膚にナイフを突き立てていった。

 (硬いが、裂けないほどじゃない……)


 (でも、そろそろ硬直が解ける……。いったん離れるか……)



 こうして、俺は撤退と攻撃を繰り返して、徐々に大蜘蛛の額に空いた穴を広げていった。

そしてとうとう、大蜘蛛の額の皮膚を開いて、なかにあった脳みそを突き刺すことに成功した。


 脳みそにナイフの先端を当てたとき、

 「ギッ、ギッ……」

 とひときわ哀しそうな声で大蜘蛛が声を漏らした。

 「ギッ、ギッ……? 」

 それは「やめてくれ」という懇願の声にも似ていた。

 (ごめんな……。でも、やらなくちゃ……)

 俺はそこにナイフを何度か突き刺し、大蜘蛛の額のなかがペースト状になるまで攻撃を続けた。

 

 マトイの麻痺が解けると、大蜘蛛はぐったりと地面に伏した。

 そのときに前かがみになったから、大蜘蛛の額からどろどろと脳髄が垂れてきた。

 (どうやら、無事に殺せたな……)

 痛みを感じて足元を見ると、蜘蛛の糸に絡まった部分の肉が激しいやけどを起こして溶けかかっていた。

 (あの糸、皮膚を溶かすのか……)

 (たくさん浴びていたら、危なかったな……)


 「終わった……」

 と横に立っていたマトイが呟いた。

 


 (衛藤香織たちは、この大蜘蛛に負けて逃げていったのか……)

 (確かに強い相手だった……)

(でも……、なんとか勝てた……)


 気がつくと、マトイが興奮した目で俺を見ていた。

 俺たちは、ゆっくりと頷き合った。



 (それじゃあ、売れそうな部位を剥いでいくか……)



 

 



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