別離
愛し合っていたけれど、互いのために別れるのがベストだった。
そうでも思わないと、あまりにも辛くて悲しくて仕方がない。身分違いだった。彼は、ゆくゆくは伯爵家を継ぐ人。一方私は、あくまでも彼の妹の家庭教師。伯爵様とただの家庭教師では、釣り合いなど取れるわけが無かった。
「両親を説得して、必ずあなたを妻に迎えます」
彼はそう言ってくれたけれど、私はそれを望まなかった。上流階級の人達の暮らしなど、どうして私が出来ようか。それに、旦那様も奥様も私を家庭教師として敬意を払っていてくれても、私が家庭教師らしからぬ振る舞いをしないか、時々ソッと見ていることを知っていた。
彼が知らないだけで。
だから、彼との逢瀬も10分くらいの束の間のもの。それでも、半年間、互いの思いを確認して、愛を育めたのは奇跡だと思っていた。
もうこれ以上何も望めない。
「いいえ、良いのです。貴方様にお見合いの話が出てしまっては……。お相手は、侯爵家のご令嬢。伯爵様にとっても貴方様にとっても良いお見合い話ではないですか。どうぞ、私の事は、お忘れになって下さいませ」
「そんな……。何をそのような悲しい事を仰せになるのか! 私とあなたは、二世を誓い合った仲でしょう。私の妻はあなたしか、居ないのです」
「そのお言葉だけで十分幸せでございます。どうか、どうか私の事はお忘れになって下さいませ。さようなら」
涙を目には溜めてもこぼさないように、必死で耐えて私は笑顔を浮かべて去る。愛しい方に、泣き顔よりも、笑顔を残して去りたかった。
私を思い出す時に、泣き顔を思い出すのではなくて、笑顔を思い出して欲しかったから。
「ちょっとぉおおお! 主役の伯爵子息! 何よ、その演技はぁ!」
演出家の甲高い声でストップがかかった。
「何よって、別れのシーンだろー。家庭教師と、ハイ、サヨナラのシーンじゃん」
軽いなぁ……。家庭教師役の私と恋人同士なんだから、もう少し力を入れて演じてくれればいいのに……。
「かーっ! なんなの! その、軽い感じはっ! 一番盛り上がるシーンで、ハイ、サヨナラの感覚をしていないでよ! もっと切なく別れなさいっ!」
あー。やっぱり同じように思うわよね……。っていうか、演出家サン、髪の毛をかき乱して怒ってるわー。これは休憩に入りそうね……。お昼ご飯でも食べようかしら。
この一番の見せ場で引っ掛かるようじゃあ、先が思いやられるわ……。
「あー、もう! 伯爵子息は、私と話し合うわよ! 他の皆は休憩! お昼でも食べて頂戴!」
……やっぱり。私はため息をついて、伯爵令嬢役の子と声をかけて近くの食堂へご飯を食べに行く事にした。メニューは少ないけれど、安くて早く出て来るから気に入っている。
私達、小さな劇団の役者は、何はともあれ、質より量。体力勝負なのだから。しかも、今回はチャンスが巡って来て割と大きな劇場で演じる事が出来る。
……というのに。
「あの、顔だけチャラ男のヤツめ!」
私が大盛りカレーライスをパクパク食べながら、愚痴をこぼすと、伯爵令嬢役の子が、まぁまぁと笑った。
「とりあえず、食べちゃいなよ」
うん、と頷いて食べる私の相向かい席で、伯爵令嬢は美しい顔に似合わず、豪快に口を開けて大盛りカツ丼を頬張っている。
「確かにさぁ、今回の脚本は悲劇の恋愛物だけど、どんな脚本だろうが上手く演じてこそ、役者でしょ!」
15分で大盛りカレーライスを片付けて、私は伯爵令嬢に文句を言う。同じく15分で大盛りカツ丼を片付けた伯爵令嬢は、うんうん、と頷いた。
「そうだよねー。どんな脚本だろうと、どんな役だろうと、演じてこそ、役者だよね! あのおにーさまは、そこのところ、ちっとも解ってない!」
伯爵子息をお兄様呼びする役だから、普段もおにーさまと呼ぶ。そして、美しい顔に似合わず、結構キツイ物言いも、する。
「だいたい、一番の見せ場で演出家にストップをかけられるのは当たり前だとしても、反省してないっていうのが、ダメよね! ったくミスキャストだわ。あんなヤツをおにーさまって呼ばなきゃいけない私の身にもなって欲しい」
あ、彼女もかなりお怒りね。
「まぁ、恋愛劇なんて、古くからあるし、それこそ星の数程あるだろうけれど。でも、脚本家や演出家はこの恋愛劇が最高だと思って作り上げたのだから。私達はそれを最高に演じるべきでしょ!」
私が言う。彼女も頷く。とりあえず昼休憩は30分だと見て、私達は稽古先へ戻った。戻ってみると、演出家と伯爵子息役が、まだやっていた。
「……だから、俺は主役だって言ってるだろうが! 俺のやりたいようにやらせろ!」
「やりたいようにやらせて、その結果があんな軽い芝居じゃあ意味が無いじゃないの!」
……いい加減、自分が顔だけの大根役者だって解れ! と怒鳴りたい気持ちを抑えて、再開の声がかかるのを待つ。
「メシ食いに行ってくる!」
伯爵子息が出て行って、ようやく空気が軽くなった。
それから30分経って、ようやく戻って来た伯爵子息と同じシーンより3場面程戻って演じ始めて、見せ場である私との別離のシーンになった。
「必ずあなたを妻にします! 仮に反対をされて見合い結婚をさせられても、あなたを愛していることに変わりは無い! だから……」
「って、ちょっとちょっとちょっとぉおおお!」
悦に入って芝居を続けようとしていた伯爵子息の演技を、演出家が遮る。……うん、気持ちは解るわよ。だって、ヤツは勝手にセリフを付け足しているものね。
「なんだよ!」
「勝手にセリフを変えないでよ!」
「何言ってるんだよ! 良いセリフだろうが! 親に反対されて結婚出来ねぇ? 駆け落ちでもすりゃあいいじゃねぇか。でも俺は両手に花で、家庭教師を愛人にしようか、と思ってよ。いい演出だろ?」
……勝手に愛人にしないでよ。と私が舌打ちをしたくなった時。
「ふざけるな!」
……ちょうど通し稽古を脚本家が見に来たらしい。怒鳴り声が響いた。
「ヤベッ」
伯爵子息が小さく呟いた。ヤツでも一応気にやんでいたらしい。殊勝な心がけね。……なんて思っていたら。
「良い脚本に変えてみたと思いませんか?」
……一体、どこからその自信が! ここまでくると、伯爵子息の独裁で進ませて、きつく叱ってもらうほうが本人のためになるんじゃないかしら。
なんて思っていたら、案の定、脚本家とやり合ってきつく叱られていた。
「くそっ! だいたい、こんな時代遅れの話なんて流行るわけないだろ! 今日で辞めてやる!」
……はぁ!? ちょっと待てー! と、止める間もなく、伯爵子息は出て行ってしまった。どれだけ自由なのよ、あのバカ!
演出家も役者も皆、誰1人、彼を止めなかった。
そんなわけで、急遽、違う意味で別離を迎えた私達は、代役を別に立てて初日を迎えたのだが、成功を収めた。その後、彼はどうなったのか、私達は知らない。
お題は「星の数」でした。
こういう話大好きでノリノリで書いていたのはもはやバレバレですかね……
楽しかった記憶しかない←




