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 ――温もりが感じられる場所が欲しかった。





 ニャウ


 短く鳴いた声で目が覚めた。浅い眠りについていたみたい。夢見が悪くてうなされていたことくらい、解っていた。きっと、それを心配してディーが鳴いたことも、理解していた。


 ディーは雑種の茶トラ。メス猫で、満月の夜に拾った野良猫だったから、ローマ神話で月の女神という意味のディアナから名付けた。


 1人と1匹。どこへ行く宛てもなくさまよっている。幸いな事に、いくらかまとまったお金はある。もちろん、湯水のように使えるわけじゃないから慎重に、だけど。最低限、ディーと私が食べるに事欠く、なんて惨めな目にはならなくて済みそうだった。


 何しろ、私は目下、家出中の身の上。


 住む場所も無いから、ディーと身を寄せ合って疲れた身体を公園のベンチで休めていた。そのまま寝てしまったらしい。


 「ディー。ごめんね。あなたのお家を持って来るの、忘れちゃって」


 ニャー


 「フフッ。私の言った事が解るみたいね。気まぐれな女王様のくせに、こういう時は甘えん坊なんて、ズルいわよ、ディー」


 喉元を撫でながら話しかけるとゴロゴロと喉の奥で鳴らしてから、私の指を舐めた。ザラリとした特有の舌が感じられて、不意に涙が零れた。


 ただ、温もりが感じられる場所が欲しかっただけなのに。なんで、あの部屋には私の居場所が無かったんだろう。


 あの部屋には、私とディーの居場所がある、と信じていたのに。温もりが感じられる場所だと、信じていたのに。ディーのために、わざわざ買って来てくれた家だって有ったはずなのに。







 玄関に、私は履いたことが無い赤いハイヒール。


 玄関先で、ジッと私を待っていたように座って待っていたディー。


 いつもは開け放してあるはずの、廊下の突き当たりの閉まったリビングルームのドア。






 その場からディーを連れ去る以外、何も出来なかった。仕事帰りでスーツと黒のパンプスとバッグを持っていた私は、更にディーを腕に抱えて。スマホの電池が切れちゃって、充電をする気にもなれなくて。


 昨夜は一晩中あちこちのコンビニに行ったり、公園に行ったりして、誤魔化した。今日は土曜日。仕事は休み。明日も休みだから、2日の猶予がある。その間に、ディーと一緒に居られる場所を探すしか無かった。


 手当たり次第に友人のところを泊まり歩くことも考えないわけじゃない。でも、ディーは結構神経質な猫だから、他所の家へ行っても落ち着かないはず。


 私が彼と同棲に踏み切れたのは、珍しくディーがなついた人だったから。家に来た他人は、かなり警戒心が強いのに彼にはあまり警戒をしていなかったから。


 彼もディーを可愛がってくれていたのに。旅行でN県のS村という所へ行った時に、『猫ちぐら』という猫用のペットハウスを買って来てくれた。


 S村の伝統民芸品で藁を編んで作られている、とか。型は籠だけじゃなくてかまくらや壺とか様々で、ディーには籠型が似合いそうだって言って。


 ちぐらは、方言で籠の意味なんだって、と教えてくれて。漢字では稚座と書くらしい、なんて得意気に話していたのに。


 「なんで、なんで、なんで……。ねぇ、ディー。私は彼にフラレちゃったのかなぁ……」


 ボロボロボロボロ次から次へと涙が溢れて来て、止めようと思っても止まらなくて。どうしていいか、もう解らない。


 誰か、教えて欲しいよ……。


 ミャー


 ……はっ。


 ディーの鳴き声で、我に返る。ディーがチョコンと座ってジッと見ている。深い目をしていて、私の心の中を読んでいるようで。


 「ディー……」


 ズズッと鼻を啜って涙を拭く。そうだ、泣いている場合じゃないわ。これからどうしたら良いのか、考えなくっちゃ。実家に帰るにしたって、どこかで生活をするにしたって。


 行動を起こさないと意味が無いわ。ディーだって一緒なんだし。……ディーと共に生きて行くなら、そうよ、ディーと住める場所を確保をしなくてはならないし。


 ねぇ、ディー。そう思うでしょ。私とあなた。彼と別れてまた1人と1匹に戻るだけよ。別れて、1人と1匹に……。







 もう、これで泣くのは最後よ。そうだ。スマホの電池が切れていたんだった。充電しなくっちゃ。


 「おいで、ディー」


 身体が痛い。一晩中あちこちしていたし、今は変な所で寝ていたせいだ。






 ディーを抱えて歩き出しながら、ちょっとだけ、電源が入るか試してみた。少しだけ復活をした途端に、電話が鳴った。


 着信は、彼。


 「も、もしもし」


 ……向こうから聞こえる声は心配のもの。そんな声を聞かされてしまえば、彼の元へ行きたくなってしまう。


 今の今まで泣いていて、その原因が彼だというのに。それが解っていても尚、彼の元へ帰りたくなる。


 ニャー


 ディーが鳴いて、ディーを見た。ジッと見つめるディーはまるで、さぁ帰ろうよ、と言っているようで。……いいの? ねぇ、ディー。帰っていいの?


 帰るべき場所は、あの部屋なの? 温もりがある居場所ってあの部屋でいいの?


 ミャウ


 ディーが返事をしたように鳴いた。







 「全くお前は、何、心配をかけさせているんだーっ」


 帰るなり、彼に怒鳴られた。だって……と昨日、この部屋に来ていた赤いハイヒールの持ち主について、しどろもどろに訊いたら、更に怒られた。


 「妹だ! 軽い猫アレルギーなんで、仕方なくディーをリビングから出していただけだ!」


 ……そんなわけで、私は温もりの居場所に戻って来た。







お題は「猫ちぐら」でした。


猫アレルギーなのに部屋に入った彼氏の妹さんその後はどうしたのでしょうね。

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