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指針






 悔しいけれど、その人の生きる姿そのものが、私の指針となった。


 愛しくて愛しくて。

 同じくらい憎い人。





 自由奔放・大胆不敵を絵で描いて実写化したような私生活を送っていたくせに、仕事となると他人にも厳しいけれど自分には尚厳しい男だった。


 風景写真を撮らせれば、右に出る者などいない、と言われた男。だけど、どんな小さな出版社だろうと、声が掛かれば引き受けた。朝には東北。夕方には関西で写真を撮っていた。ということもしばしば。


 妥協をしない男だから、マンションの自室に帰る暇を惜しんで仕事をしていた。


 帰る時は、着替えを取りに行く事と女を連れ込む時だけ。女はとっかえひっかえで、一夜限りの女もいれば、長く付き合う女もいた。


 彼が女に突き付ける条件は唯一つ。


 自分を束縛しない女。自分は自由に女を束縛するくせに、自分が束縛されるのは嫌だ、と豪語する。


 そんな男なのに、その生き方さえかっこよく見えて、仕事の師匠だけではなく、人生の師匠としても仰ごうとした私は、愚かだったのかもしれない。


 彼が3軒だろうが5軒だろうが、飲み屋を梯子すれば着いて行き、酒を飲む量だけは同じにはならなかったものの、徹夜をした彼と同じように徹夜をして、そのまま地方の仕事先へ共に向かった。移動する新幹線の中がベッドみたいな生活。


 でも、真似出来たのは、彼を師匠と仰ぐ決意をしてからの1年だけ。


 だって、彼は男で私は女だったから。


 彼の写真に憧れて彼の元で修行を始めて、彼を真似た生活をして。男と女の関係になったのは、彼の元で修行を始めてから3ヶ月経った頃だった。


 40代の彼は20歳そこそこの私から見れば大人なわけで。自由奔放さがむしろ芸術家の証に思えて。だから余計に惹かれたのだと思う。男と女の関係になった当初は、誇りにさえ思った。


 だけど、女という生き物は不思議なもので。


 男に憧れて男以外が見えない時は、欠点さえも輝いて見えるのに。対等な立場になって周りが見えると、冷静になってしまう。冷静になってしまえば、欠点が受け入れられなくなることもある。


 つまり、私の彼に対する気持ちは、まさに欠点を受け入れられない方に傾いた。


 私がいながら、気に入れば他の女に手を出して。多分、私も彼の女になったというプライドから、口を出すようになったと思う。


 男と女の関係になってから半年も経たずに、彼を束縛して別れた。







 でも、私は彼の弟子である事は辞めなかった。彼も仕事、と割りきって私を受け入れた。別れた後の方が、私も自由に言いたい事が言えた。


 ずっとそれが続くと思っていたのに。


 彼は呆気なく死んだ。






 仕事の無理がたたったのか、私生活の奔放さがたたったのか。両方かもしれない。心臓に負担が有って弱っていた、というのが、医師の話だった。


 側にいた私も知らなかった。ただ解っていることは、もう彼が何処にもいない。ということ。


 私と別れた後も、女はとっかえひっかえだったけれど、どれも一夜限りで。彼の部屋の合鍵はずっと私が持っていた。大手の出版社と話し合って、家族がいない彼の喪主は出版社の社長が引き受けて、葬儀を出してくれた。


 その後の遺品整理を私が請け負う事になった。


 彼の部屋は、ベッドと備え付けのクローゼットくらいなもので、生活感はゼロ。付き合っていた頃、私が少しだけ生活雑貨を置いたけど、別れる時に私が捨ててしまった。それ以降は、やっぱり生活感ゼロの部屋だった。


 遺品整理なんて、ほとんどすることが無い。彼は自分で撮った写真は、ネガから全部出版社にあげてしまって、手元に残さない。それだけは、私は真似をしなかった。


 仕事道具で命と同じくらい大切なカメラを私が貰うくらいだろうか。


 そのカメラもスタジオにある。自分でネガから焼く工程も行うから、スタジオを持っていて、仕事道具は全てそこ。出版社が置いて行った写真集や雑誌もそこだから、スタジオの方が、遺品整理をしなくてはならないだろう。


 クローゼットにある洋服を全部出して、ベッドと布団は業者に引き取ってもらって、寝室の掃除をして、あとは、使っていないから埃をかぶっているキッチン回りやリビングやトイレなども掃除して……。


 身体を動かして、彼が居ない寂しさを忘れようとした。







 それを見つけたのは、偶然だった。ベッドの下の掃除をしようと思って、下を覗いた時だった。


 「何、これ……。こんな所に有ったの」


 額に入った1枚の写真。





 彼が30歳になる少し前に撮影をしたという北極星。実は、この写真が私をこの道に飛び込ませた一枚と言っていい。彼の弟子になりたい、と高校1年生の時に思ったきっかけの写真。


 彼にこの写真がいかに自分を魅了したのか、熱く語った思い出が有る。例によって出版社にネガごとあげて、手元に残していない、とばかり思っていたけれど、違ったらしい。


 額から取り出してじっくり見たくなった。取り出そうとしたら、何か折り畳まれた紙が落ちて来た。開いてみて驚いた。


 私宛てで、この写真をお前にやる、と書いて有った。日付は私と彼が別れた日で。その瞬間、彼が、私の事を彼なりに大切に思っていた事を知った。


 仕事の師匠として憧れ、男として愛しくて、そして男として、自由過ぎて憎かった人。







 こんなことをされたら、一生忘れられないじゃないの、と居ない彼に心の中で文句を言う。悔しいけれど、そんな彼が私の人生の指針。


 ――憎くて愛しい男。


 彼を失って、私は初めて涙を流した。







お題は「北極星」でした。


今更ながら誤字脱字等も全く見ていないので誤字脱字があったらすみません。


こういう話、夏月は好きで。思い浮かんでから筆がよく進んだ記憶があります。

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