死兆
二十一世紀を生きる平均的な学生ならば、飛行機という文明の利器が航空力学だとか内燃機関の発展だとか、とにかく様々な科学技術の結晶体であることは知っている。
いきなり異世界へ召喚されて、手元になんの資料もない状態でいきなり飛行機を作れるか、と言われるとほぼ確実に不可能であろう。
しかし、現代の日本人なら確実に『手に翼をつけて羽ばたけば飛べる』とは思うまい。
人間の腕力では無理だとか、上に向かって発生する力と下に向かって発生する力が同じ、だとかそんな小難しい話は一切関係ない。
リリエンタールやライト兄弟のことを知らなかったとしても、ごく普通にグライダーやジェット機のことを知っているからだ。
オセオ王国に現れた数名の日本人たちは、あいにくと神に会うことがなく、特別な力は一切持っていなかった。
しかし、一般的な教養がある彼らは、オセオ王国で半ば軟禁された状態で、その『現代知識』を生かして少しずつ功績を積み上げていった。
その中でも最たる功績が、ゴーレム作成技術の発展である。
もともとこの世界では、ゴーレムという魔力で動く人形が存在した。
お世辞にも俊敏とは言えず、とても鈍重。加えて燃費も悪く、稼働時間も短かった。
人間よりも頑丈で、人間よりも力強い。そんなゴーレムが実戦に投入されることがほとんどないのは、そうした諸々の理由である。
そのゴーレムに関して最もネックになるのは、動力源でもある魔力鉱である。
魔力鉱とは特定の金属ではなく、魔力を蓄積している特別な金属の総称である。
この魔力鉱、当然希少であり高額だった。質にもばらつきがあり、それこそ宝石のように扱われてもいる。
この魔力鉱は一度蓄積している魔力を放出すると、その力を失い廃棄されるしかなかった。
彼らはこれを、再利用できないかと考えたのである。
「電池みたいなもんだし、電圧でも加えてみるか?」
「熱したぐらいじゃあ、どうにもならねえよなあ」
「酸でも加えてみるか」
如何に希少な魔力鉱とはいえ、使用され終えてしまえばただのごみである。
それを煮ても焼いても焙っても、溶かしても痺れさせても縮めても、オセオという国には何の支障もなかった。
だからこそ、その研究も放置されていたのだが、ある日研究者たちはついに正答に至ったのである。
『高い圧力を加えながら魔力を注ぎ込むと、ゆっくり蓄積されていく』
魔力鉱の再利用技術の基本原理を、ついに確立させた。
それによって、オセオの首脳陣が大喜びしたことは言うまでもない。
日本出身の研究者からしてみれば『電池が充電できるようになった』程度の認識だったのだが、この世界の人間の常識から言えば『燃え尽きた灰が薪に戻った』ようなものである。
いやさ『ゴミを宝に変える技術』といってよかったのかもしれない。
元々、仙気と違って魔力はとても蓄積されにくい性質を持っている。
魔力鉱は比較的それを蓄積しやすい性質を持っていたわけであるが、人為的に魔力を蓄積させられるようになれば、話は一気に変わってくる。
日本人でも常識的に知っているが、電池で動く玩具は電池が切れかけると、一気に動きが鈍くなってしまう。
今までのゴーレムはまさにそれで、充電が十分ではない電池を大量に積み込んで、さらにその充電電池をすて続けてきたようなものだった。
これ以上充電できない、というほどに魔力鉱へ魔力を注ぎ込めば、それを内蔵したゴーレムはまさに飛躍的な効果を発揮できるようになったのである。
ざっくり言えば、バッテリーとモーターの高性能化と小型化。しかし、そのざっくりとした発展はすさまじく一気にブレイクスルーが発生し、オセオのゴーレムは大いなる進化を遂げたのである。
もちろん、日本人の研究者たちだけでそれができたわけではない。
もともとオセオに所属していた研究者たちが大いに奮闘したことは事実であるし、多額の予算を投入したことも現実である。
とはいえ、根幹技術を発見した彼らの功績は高く、その地位は高くなってしかるべきであり、学術的にも名を遺すはずであった。
そんな当然の権利が、彼らにあるわけもなかったのであるが。
※
「ふん、忌々しい」
オセオ王国の王子、オセオ・ブラック。
現国王オセオ・ホワイト唯一の嫡子であり、程なくして国王を継ぐ身である。
その彼は暗部に属する者たちの失態が書かれた報告書を、忌々し気に睨んでいた。
なにが忌々しいのかといえば、事前に今回の作戦を批判していたのが、例の日本人たちだけだったということ。
それ以外のほとんど全員がそれに賛成していた、ゴーレムの性能を過信していた証である。
本来あってはならないこと、それ以外の何物でもない。
「オセオの人間が、知性で異人種に劣るなどあってはならないことだ」
オセオ・ブラック、彼はとてもまともな愛国者だった。
自分の国の民を愛していたし、自分の国の土地を愛していたし、自分の国の歴史を愛していた。
その彼にしてみれば、人間の証明ともいうべき知性が求められる研究分野で、見るからに人種が違う面々が最大級の功績を積み上げていくことは不快で仕方なかった。
彼は民を愛し己を愛するがゆえに、それに反する現実を憎んでいた。
そもそも魔力鉱の再利用、『リサイクル』とやらとて、なぜこんな普通のことを今まで試さなかったのか不快に思うほどだった。
実際には、固定概念だとか先入観だとか、そうした常識によって試そうとも思っていなかったことが大きい。オセオ人の研究者へふがいない、というのは少しずれている。
とはいえ、ブラック王子にしてみれば不満であり怠慢であり、言い訳でしかないのだが
「この国はオセオの民の物であり、オセオの王の物だ。その国事を、異民族が主導するなどあってはならない」
ある意味ではとてもまっとうな発言である。
自分の国は自分で守り、自分たちの国は自分たちで守らなければならない。
他の国に依存する、あるいは異民族に導いてもらおう、などとは主権国家として恥ずべきことだと思っていた。
問題は、彼がそれを強く思い過ぎていたことかもしれない。
とはいえ、オセオの人間より頭がいい異民族など生きていてはいけないから、軟禁している日本人研究者を殺そう、とまでは彼も逸っていなかった。
利用価値があることは今まで証明しているし、研究者たちも彼らと協力的である。日本人たちは自分たちの置かれている状況をよく理解しているらしく、自分たちが名を上げられないことも理解したうえで、他の研究者たちと意見交換しながら発展に努力している。
オセオ人の研究者たちも、名誉が自分の物になるならば新参者と争う理由はない。むしろ他の者と争うように、日本人たちと友好関係を作って意見交換の場を奪い合っていた。
とにかく、ブラックにしてみれば腹立たしいだけであり、国家の利益と秤にかけて、その重さを測り間違うことはなかった。
とはいえ、彼がいらだつことは、決してとがめられまい。
加えて、報告書とはまた別の外交として、不快なイベントも控えていた。
「アルカナめ……厚顔な真似をする。兵士として雇うならまだしも、貴人の血に混ぜるなど正気ではない」
ステンド・アルカナと風姿右京の結婚。
ハピネ・バトラブと瑞祭我の結婚。
ドゥーウェ・ソペードとマジャン=トオンの結婚。
それらをまとめて、国を挙げて結婚式として祝うという。
諸外国からも人を呼ぶとも言う。
その中には、表向き友好国であるオセオも含まれていた。
「おまけに、これ見よがしに八種神宝のお披露目だと。神にでも選ばれたつもりか!」
ここ最近、アルカナ王国の躍進は危険なほどだった。
もちろん、山水がどうとかそんなことはいっさいない。
単純に言って、ドミノを属国にして国土が二倍に膨れ上がったことや、八種神宝をすべてあつめていること、希少魔法を多く所有し始めていたことなどである。
もともと、アルカナ王国はカプトが法術使いの家系であることの関係で、法術使いの頂点として評価されている。
その彼らが、さらに多くの希少魔法を得るのだから、実用性を抜きにしても危険視されて当然だろう。
「……忌々しい、なぜ異民族を相手に媚を売るような輩の結婚を、祝ってやらねばらないのだ!」
少なからず、アルカナ内部でもあり得る感情を、彼は持て余していた。
それがどのような形で、今後に影響を与えるのかはわからない。
一つ、彼が一番警戒しなければならないことが何かといえば……。
これが、ドゥーウェ・ソペードの結婚式であるということだった。




