懐古
とりあえずではあるが、これにて祭我はバトラブの次期当主らしい振る舞いをすることができた。
もちろん一度そう振舞えばいいというものではないが、それでも最初の一歩としてはそこそこだろう。
その祭我は、夜風にあたりながらツガーと話をしていた。
自分が治めるべきバトラブを眺めながら、宮殿のバルコニーで浸っている。
その静かな時間を、ツガーも楽しんでいた。楽しむと言うよりは、安堵しながらかみしめていたというべきかもしれない。
山水が評価しているように、ツガーもまた覚悟を持っている凡庸な女性である。
祭我がどれだけデタラメな資質を持っているとしても、もしかしたらもっと強い相手がいるかもしれない。
あるいは、闇討ちされてそのまま死ぬかもしれない。祭我が大丈夫でも、自分は殺されるだろう。
そうした危機感を保っていた彼女は、自分たちが比較的安全な場所でくつろげることを喜んでいた。
「ツガー……今回は危ないことがなくてよかったよ。君もそう思うだろう?」
「はい、サイガ様」
「いいや、君が誰よりも喜んでいるって言ったほうがいいか」
ツガーはまともだった。
そのまともさに従うべきだと、祭我は最近思っている。
今日、クローとその部下にさんざん説教をしていた。それが間違っているとか、洗脳しているとかは思っていない。
しかし、それを常に戒めていられるとも思っていない。
そういう自戒が完全にできているのは、スイボクと山水ぐらいだとよくわかっているのだ。
だからこそ、危機感を持っているツガーに、深く感謝をしている。
「……御役目だという事はわかっています」
「うん、そうだよな」
戦うことが任務なら、それから逃げることなど許されない。
そしてその任務のために普段から鍛えるべきであるし、強くなりすぎて任務が楽になるとしてもそれが悪いわけもない。
そうした任務が少なくなったとしても、それはそれでいいことである。鉄火場など、ないほうがいいに決まっている。
「……俺は、最近君のお父さんやお兄さんの言っていたことを思い出しているよ」
「父のことも、兄のことも、嫌いではなくなったのですか?」
「ああ、今にして思えば俺は馬鹿すぎた」
ツガー・セイブ。
カプトと同じく希少魔法の血統を継ぐ一族であり、法術とは対極に位置するがごとく扱われている。
はっきり言って、嫌われものだ。
時折裁判官にして執行官として、アルカナ王国の重鎮から仕事を依頼されることはある。国家から保護されている、とても重要な仕事を任されている一族だった。
しかし、嫌われている。その差別とも言える迫害を、一族の者は誰もが否定しない。
彼ら自身こそがわかっている。呪術とはおぞましいものであり、おぞましいからこそ価値があり、その術を伝えている自分たちがおぞましくないわけがないと。
「君のお父さんもお兄さんも、君のことをちゃんと守ろうとしていたんだ……」
『なぜツガーを外に出さないのか、だと? そんなことは決まっている、娘を守るためだ』
『我ら一族は忌み嫌われている。忌み嫌われることこそが我らの存在意義だ』
『その我らの元からツガーが離れれば、どうなるかなどわかりきっている』
『お前が娘を引き取りたいというのなら、好きにしろ。お前にそれだけの力があるのならな』
「俺は、あのお父さんやお兄さんが、君の敵だと思っていた。でも違った……」
「はい」
「君はそのことをわかっていた」
「……はい」
「俺は、君を助けたかった」
山水に出会い、自分が主人公ではないと自覚し、自分が世界の中心ではないと理解した。
それ以前に何をしていたのか。ハピネ、ツガー、スナエ。彼女たち三人に対して、とても無神経なことをしていたことをはじていた。
少なくともスナエは、とても怒っていた。
さて、ツガーはどうなのだろうか。
「俺は、君のことをかわいそうだと思わなかったわけじゃない。呪力を宿し、呪術を扱える、そんな君のことをかわいそうな女の子だと思っていた」
まさに絵に描いたように、物語の人物のように、一切当人に非がないかわいそうな女の子だった。
「君を助けて、そんな自分に酔っていた。君を助ける自分が、かっこいいと思っていた」
祭我は、恥じつつも赤裸々に明かしていた。
とっくの昔に、二人にとってはどうでも良くなっていた、始まりのことを語り合っていた。
「俺は……君を助けていい気分になりたかっただけだ」
有り体に言って、異世界に来て程なくして出会った彼女と、そんな深い因縁があるわけではない。
祭我はただ希少魔法を探すためにセイブ家を訪れ、そこで肩身が狭い思いをしていたツガーを拾ってきただけだ。
「私も……そうですから」
そしてツガーも祭我に対して、特に惚れ込んでいたわけではない。
特に顔がいいわけでもない祭我に対して、そんなに惚れ込めるわけもない。
「あの家から出してくれて、私を守ってくれる人がいるのなら、誰でも良かったんです」
ただ、彼女にとってはその無思慮さが、必要だった。
誰でも良かったのは、ツガーにしても同じである。
セイブの出身者である限り、呪術を実際に使える限り、迫害されるのは当たり前だった。
だからこそ、バトラブの次期当主として力を持っていた祭我が保護をしてくれるという事で、受け入れてついていったのだ。
「サイガ様である必要なんて、何処にもありませんでした。私はただ……あの家に居たくなかっただけなんです」
自分ひとりの力で生きていく度胸はなく、死を選ぶほどに過酷でもなく。
ツガーは、普通故に誰かを必要としていた。
「同じだな」
「同じですね」
もうどうでもいいことだった。
そんなことがどうでも良くなるほどに、お互いに信頼関係を構築していた。
「俺は……」
祭我は、トオンがツガーを苦手にしている、という言葉を思い出しながら語りかけていた。
「君に惚れて連れだしたわけじゃない。でも、今君がいると安心できるし、いないと寂しいよ」
具体的に褒めることができず、自分の都合しか言えない。
それでも十分、彼女に伝わると信じていた。
「私もです」
俗ではあるが、ツガーも特に祭我を嫌いになる理由がなかった。
「いろいろありましたけど……貴方のそばにいたいと思っています」
だから、どうでも良かった。
強烈な恋心ではなかったとしても、お互いが必要だと思っていた。
「サイガ様は……殴らないですし、話を聞いてくれますし、戦えとか無茶をいいません。そんな貴方のそばに、ずっといたいです」
「基準が低いな……」
「そうでもないですよ。わたしに限らず、いろんな人にとって難しいことです」
「それもそうか」
普通であること。
女の子を殴らないこと。
自分の話を聞いた上で、判断をしてくれること。
普通の女の子に、戦えとか無茶を言わないこと。
確かに普通だが、それが難しいことも今はわかっている。
「貴方は、取り立ててすごい人じゃないかもしれません。でも、そんなことを気にする人ばっかりじゃないですよ」
「それもそうか……」
考えてみれば、祭我は金持ちである。
地位も名誉も実力もある、誰もが憧れる位置に座している成り上がりである。
その祭我の『女』であるツガーは、面倒な家事だとかをする必要がなく、現時点でもかなりいい暮らしができていて、格が違いすぎてハピネやスナエのようにいがみ合うこともない。
呪術師のツガーにしてみれば、祭我に余程の問題がなければ、逃げ出そうとは思わないだろう。
祭我が普通なら、なおのことだ。特にイベントだとかフラグだとか、そんなことを気にする必要はない。
「そうだよなあ……そんなの当たり前だよな」
「ええ、当たり前です。当たり前のことが大事なんですよ」
プレゼントを渡すとか、デートをするとか、そういう大技ばかりが重要なのではない。
普段からの細々としたことのほうが、よほど大事なのだろう。
「これからも、よろしくおねがいします」
「うん、こっちからもよろしく」
月の空の下で、ツガーと向き合う。
いつも自信が無さそうにしている彼女は、しかしとても幸せそうに笑っていた。
次回より、新章『人生の墓場、国家の葬式』編に移ります。




