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未熟

 さて、ここまで散々罵倒してぼろくそに批判していたのは、つまりは最後に控えている祭我の為の伏線である。

 要するに飴と鞭、俺たちはちゃんと貴方たちのことを評価しているし、この後のことも考えはあるんですよ、というあれである。

 おぜん立てができるのはここまでで、ここから先は祭我の政治家としての弁舌にかかっているといっていいだろう。

 失敗しても問題ない。なぜなら目の前の彼らは、祭我の指導が失敗した場合、そのままうだつの上がらない人生を送るからだ。

 祭我にしてみれば、成功すれば支持者が増えて失敗しても損がない、彼らが失意の日々を送ってもそれは自業自得。おまけに事前に準備もばっちりという、これ以上ないほどの好条件である。

 さて、彼らはどうなるのであろうか。


「俺はバトラブに拾われるまで、特に何も頑張ってこなかった」


 俺にも言えることを、祭我は赤裸々に語り始めた。


「自分には才能がないと思っていて、だから努力なんてしても無駄だと思っていた」


 俺は神から師匠への手紙と、おそらくは仙人としての資質である仙気をもらっている。

 しかし、師匠への手紙はともかく、仙気に関してはそこまで極端な量を保持しているわけではない。

 クローが先日言ったように、俺に才能はない。神は俺に才能を与えていないのだ。


「だけど、ハピネに会って才能を知ってからは、俺はどんどん強くなっていった」


 俺は最強になりたいと望んだ。その結果、神は俺を師匠の下へ送り込んだ。

 祭我が何を望んで今の資質、あらゆる魔法の資質をもらったのかはわからない。

 しかし、確実なことが一つだけある。

 今の祭我は、それをそんなには肯定的に考えていないということだった。


「魔法と法術、占術を覚えた時点で、俺は既に最強だったんだろう。たぶん、近衛兵と一対一で戦ってもほぼ確実に勝てた。その程度には、最強だったんだ」


 一番強い、という程度なら祭我は強かった。

 うぬぼれではなく、今でもそう思っているし、実際そうなのだろう。

 とはいえ、同じく最強と呼ぶに値する雷霆の騎士あたりと戦えば、ほぼ確実に負けていたに違いない。

 ましてやランには、手も足も出なかったはずだ。


「そのうえ、スナエから国の機密である神降しの使い方まで習えた。俺は自分が最強で、これから挫折も困難も試練もない、甘く楽な人生が待っていると思っていた」


 クローの部下たちにしてみれば、それは当然だろう、という考えだ。

 実際、クローの部下たちの戦闘能力は、一人前ではあっても超一流ではない。

 仮に超一流と呼べる近衛兵クラスの資質があれば、極めてまれなるランほどの膨大な気血があれば、祭我ほどになんでもできる才能があれば、さぞ苦労のない人生があるのだろうと想像するだろう。

 まあ、実際にはそんなことなどないのだが。


「栄光と称賛と、美女と美酒と、勝利と余裕の日々があると思っていた。だけどまあ……みんなが知っての通り、俺はそこの山水と戦って負けた」


 そう、彼らはようやく思い出す。

 近衛兵を単独で壊滅させ、祭我さえ打ち負かした、この国一番の剣士のことを。

 つまりは、俺の存在である。

 祭我の人生は、決して楽勝ではなかったのだと。


「俺は、負けた」


 もう一度、重ねて言っていた。

 それが、どれほど受け入れがたいことだったのか、思い出しながら口にしていた。


「もちろん、二年ぐらい前の話で、今の俺ほど強かったわけじゃない。確かに火の魔法も法術の鎧も神降ろしの強化も占術の予知も使えたけど、そのどれもが今よりずっと弱かった。そんなことさえ、昔の俺は客観視できていなかったわけだけども」


 頭部という、絶対の急所を守る防具。

 ヘルメットだとか、兜。これの重要性は言うまでもないが、しかしこれら頭の保護具は致命傷を避けるために存在し、これを身に着けているから痛むことがないということはないのだ。

 それは他の防具も同じであり、正しく身に着けているから絶対に大丈夫、ということはまったくない。

 そのあたりを、当時の祭我は勘違いしている節があった。


「三回戦って、三回ともあっさりと負けた。怪我らしい怪我を負うこともできなかった。魔法に加えて三つも希少魔法が使えて、しかもエッケザックスさえ持っていた俺は、木刀をもっているだけの山水から相手にもされていなかった」


 改めて考えれば、普通に頑張っているクローやその部下たちにとっては、とんでもない話だった。

 一人につき一種類しか『魔法』は使えないはずなのに、一人でたくさんの魔法を使える男がいる。

 その男がエッケザックスを手にして戦っても、手も足も出ない男がいる。

 現時点でものすごく頑張っているのに、それでも全然勝てない相手のさらに上がいる。

 それは、どれだけ悲しいことだろうか。


「……俺は三回負けてようやく、自分が負けたことを受け入れられた。山水には、迷惑をかけたと思っている」


 いや、本当に……正直アレはどうかと思っていた。

 なんで三回も同じ相手と戦わなければならないのかわからなかった。

 俺は当然のことながら、お嬢様でさえ食傷気味だった。


「今ほどじゃなかったけど、努力していた。生まれて初めて、強くなるために努力に熱中できた。だから、自分は強くてすごくて、みんなから尊敬される人間になっているんだと思い込んでいた。でも、それは勘違いだった」


 クローも、クローの部下たちも、共感できることだった。

 俺にその経験はないが、想像することはできる。

 いや、もちろん修行の中で自分の誤りに気付くことや、それを認められないことはあった。

 だが誰かに負けて、自分の人生観が間違っていたのだと、挫折を味わうことはなかった。

 自分が特別だと思っているうちは未熟である。それを俺は、師匠から学んでいった。


「最初戦った時、俺は自分が負けるなんて毛ほども思っていなかった。それで負けた後、俺は全力を出せていなかったからだと言い訳をした。もう一回戦えば勝てると思っていた。いいや、勝たないといけない、そんな使命感すら感じていた。負けて何を失ったわけでもなく、勝って何を得られるわけでもないのに」


 もちろん、祭我だって大分恵まれた人生だ。

 本人も自覚しているが、今のところ特別大きな喪失は経験していない。

 ラノベの主人公が如く、勝ち続ける人生……とは言わないまでも、順調な人生を送っている。

 本人がそう思っていないだけで、何一つ傷がない経歴だ。


「今にして思えば、俺は自分に酔っていたんだと思う。自分に手助けをしてくれる人へ感謝している一方で、自分に恩恵をもたらさない相手を排他的に考え、自分と意見が異なる相手を受け入れず、自分を第一に考えるようになっていた」


 ただそれは、心が傷を負ったことで成長したからなのだろう。


「人生で初めて努力して、人生で初めて認められて、人生で初めて強くなっていって……それで、うぬぼれていったんだと思う」


 そう、それはとても自然で普通で、当たり前で……。


「俺は、『最強』だ。言葉にすることはなかったし、具体的にそう思っていたわけではないけども、それが当たり前だと思うようになっていた」


 だからこそ、正さなければならない勘違いだった。


「俺より強い奴がいて、俺が勝てない奴がいる。それを認めたら、自分の今までの努力が全部台無しになる気がした。努力したんだから、頑張ったんだから、勝てないなんて間違っている。自分があんなに苦労して積み重ねて、対価としていい気分になっていたのに、それをぶち壊しやがって……とか思っていた」


 直視しがたい、醜い部分だった。

 酷くて、格好悪くて、酒の勢いを借りても言えないことだった。


「でも……ようやくわかったんだ。俺は別に、世界で一番すごくなりたかったわけじゃない。ただ周りの奴に大きな顔をしたかっただけだって。周囲に恩を返したかったんじゃなくて、ただ褒めてほしかっただけだって。今までの俺が人並み以下で、努力して苦労して、それでようやく人並みになれただけなんだって。そんな当たり前のことに、ようやく気付けたんだ」


 流石に、この言葉だけはクロー様には当てはまらない。内心でそう弁護する。

 生まれてこの方、ずっと人並み以上の努力していたであろう人に、今までは人並み以下だったとはいえまい。

 あとで、あれは違いますからね、とか言ってしまいそうだった。


「俺は……結局自分を守りたかっただけなんだ。ずっと調子に乗っていただけで、成長したわけじゃない。どこにでもいるガキのままだった」


 そう言って、祭我は周囲を見る。

 そこには、仙人ではなくてもわかるほどに、祭我に共感しているクローの部下がいた。


「俺が無礼なことをしても、見逃されていただけで、別に許されていたわけじゃない。そのままずっと、そのやり方を維持していいわけでもないんだ」


 少しは人並みになれた、でもまだ足りない。まだ至らないところはたくさんあって、それを治していかないといけない。

 そうしなければ、いろいろな人に迷惑をかけ続けてしまうのだ。


「許されている間に、変わらないといけない。そして俺は……少なくとも今は、君たちを許している」


 今はまだ、見逃す。

 このままではな駄目だけど、今いきなり駄目出しすることはない。

 

「確かに君たちは、近衛兵になれないし、俺たちみたいな切り札にもなれない。だけど、だからって捨て鉢になることはないと思う。少なくとも俺と一緒に山水のもとで修業した、君たちと大して変わらない資質しか持ってない人も、腐らずに頑張った結果認められて周囲から評価されている。そしてそれは、別に誰かを蹴落としたわけじゃないし、誰かの弱みを握ったからでもない」


 規格外の力がなければ、あるいは才能がなければ、人は幸せになれないのか。

 それを俺たちが語ることはできないだろう。だが、俺たちは成功している人間を語ることができる。


「一定の実力を身に着けたうえで、してはならないことをせず、しなければならないことをしている。ようするに……実力に加えて節度を身に着けているからこそ、人には居場所ができるんだ」


 生まれて初めて積み重ねた、自分の力。

 誰かと比べてしまって、大したことがないと白けてしまうこともある。

 しかしそれでも、自分にとっては大事なのだと受け入れることが、次へのステップだと語る。


「確かに俺たちは、とても恵まれていると思う。周囲の環境が、俺たちを認めてくれているとは思う。でもそれは、今ここにいる君たちだって同じなはずだ。君たちのことを認めて、俺やハピネへ紹介してくれた人がいるじゃないか」


 そう、彼らだって人に恵まれている。

 俺の生徒たちが俺に感謝してくれているように、彼らだって尊敬に値する人から指導を受けられる幸運を得ている。


「確かに期待した目標には届かないかもしれない。でも、君たちが今日まで積み重ねてきた結果は、今ある確かな実力は、決してなくなったりしない。君たちがクローの下で努力した結果、正規軍に匹敵するほどの実力を得ている。バトラブでは立身が叶わないかもしれないけども……君たちさえよければ、軍が壊滅して再編をしている、ドミノへの推薦をしたい」


 下の者が簡単に出世する国など、まともな国ではないとお父様はおっしゃっていた。

 であれば、今まともではなくなっている国でならば、立身出世は可能だろう。


「もちろん、アルカナ王国はドミノ共和国から見れば怨敵かもしれない。そうでなくても、外国人というだけで、革命にかかわっていないというだけで、排斥の対象になるかもしれない。でも、少なくともドミノの新しい指導者は、優秀な人材を求めている。壊滅した軍隊を、なんとか形にしようと頑張っている。危険で困難で、感謝されることがないかもしれない場所だけど……それでもいいのなら、推薦状を書こう。今すぐ返事をする必要はないし、むしろよく考えたほうがいいとも思う」


 それはそれで競争率が高いし、楽な仕事というわけでもない。

 だからこそ、可能性があるともいえる。


「クロー……俺からはこんなところだ。君にも色々と考えてほしい」


 祭我は自分同様に、俺に負けた男へ微笑んでいた。


「君たちは、まだ未熟だ。それを理解したうえで、精進に励んでほしい」

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