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しかしその驚きは、後に恐怖へと変わった。
カザキと同じタイプのアンドロイドの一部が、徐々に暴走し始めたのである。
徒党を組み、街へくり出し、主の命令も聞かず、ましてやその主人を殺す事もあった。
暴走理由はいくら調べても解らず、父を含む製作者達は、強攻策に出た。
心臓に一発、額に一発。
弾丸を撃ち込めばアンドロイドの機能は停止する。
高機能のアンドロイドを大量生産する事は難しく、それでも発売から十五年も経てば持ち主は増える。
暴走したアンドロイド二十三体、全て破壊。
死者三名。
街へ出たアンドロイドを壊したその現場は言葉でどう表せばいいのか解らない程の状態だった。
人間そっくりにつくられている機械人形の全身には血管のような細い管が張り巡らせてあり、その中をオイルと人工血液が流れている。
濃い油と鉄の臭いが辺り一面に立ち上ぼり、歩く度に靴の裏がねとついた。
その撤去作業は、まるでトラックの荷台に死体の山をつくっているようだった。
血で絡まる黒髪や、濁った瞳の色。そしてアンドロイド特有だという指の先からの変色。
目を逸らしそうになったと父は笑い、次の日首を吊って自殺した。
空へ逃げたのか、責任を負う事なく。
アンドロイドに殺された人やその身内の感情、そして父の心の重さを俺は知らないから、きっとそんな事を簡単に思ったのだろう。
製作者達は、自主回収に乗り出した。
結局暴走の理由は解らず、しかし暴走したアンドロイドは皆91年型だという事だけは解った。
それは、生産一年目の、初代のものだ。
カザキはそこに、含まれていない。
アンドロイドの持ち主には、しかし回収に応じない者もいた。
91年型じゃないからいいだとか、折角大金を出して買ったのだから、だとか。
金は全額返すと言っているのに、金持ちの考える事はよく解らない。
カザキの主もまた、回収には応じなかった。
その代わりと言ってはなんだが、回収されなかったアンドロイド全てに、定期的なメンテナンス以上に細かなメンテナンスを行なう事となった。
――矢城、矢城、いつか私も壊れてしまうのかな。
――壊れないために、やっているんだよ。
――ああ……頼むよ。壊れたくないんだ。正臣の傍に、ずっと居たい。
――そうだな。
ふと、浮き出た鎖骨付近に三ヶ所の小さな鬱血痕を見つけ、ああ、これがカザキを手放さない理由か、と。
彼は大事にされている。
もしかしたら、大事にされ過ぎたのかも知れない。
しかしいくらメンテナンスを行ってもこの三年後、次は92年型が皆徐々に壊れていった。
同じ事が起こったがまたもや原因は突き止められず、自主回収に応じない者は今度は十三名となった。
――正臣が、泣くんだ。私の事が恐いのかもしれない。早く手放してしまえば良いのに。
きっとそういう事じゃないんだ。
カザキの事を恐い訳じゃないと、その時は思っていた。アンドロイドを手放さなかったのだから。
けれどその約一年後、鎖骨の小さな痕は消え、背中に大きな痣が出来ているのを見つけ、自分の考えは間違っていたのだと思った。
恐いのだろう、とまたカザキは呟く。
前みたいに傍に寄ると『来ないでくれ』と言うのだと。
それからは近付かないようにしたと。
――どうしたらいいのだろう。何故私は正臣に触れたいと思うのだろう。あの雨の日から、私はおかしい。
これもプログラムのせいなのか?
その問いに、やはり俺はなんと返せば良いのか解らなかった。
カザキの言う感情はきっと、プログラミングされたものではないよ、と。
ではどこから来た感情かと聞かれれば、また答えられない。
結局いつも何も口に出せなかった。
――けれどね。けれどね、矢城、
カザキはわずかに唇を開き、言葉をこぼす。
――あの時聴こえた胸を打つ波音は、確かに私だけのものだよ。
ああ。ああ、そうだとも。
その感情は、その想いは、君だけのものだよ。
「矢城、」
「なんだ?」
「私は、何故アンドロイドなのだろう」
掠れた声が、静かな部屋に響いた。
「何故壊れてしまうのだろう。完璧なまま、ずっと正臣の傍に居たいのに。つくられたもののくせに、恐いだなんて思ってしまうよ」
正臣、正臣、
あなたは私を、きっともう愛してはいないのだろう。それを愛というのか、私にはやはり曖昧にしか解らないけれど。
泣き出したくなるこの不安定で心地良い感覚を、あなたはなんと呼ぶのだろう。




