頑固な油汚れを落とすコツ
シズナの港は、朝から不穏な喧騒に包まれていた。
市場の片隅で、リアロマは馴染みの魚屋が抱える「巨大な悩み」――魔魚の硬い鱗に手を焼いているのを見かねて、うろこを振動で逆だたせ、そのまま綺麗にうろことりまでした直後だった。
「さて、次は港の方?……変な響きがここまで届いているわね」
リアロマが向かった先。そこには、王国の物流の要である巨大起重機、魔導クレーンが、どす黒いヘドロのようなものに塗れて沈黙していた。
「くそっ! この魔粘性重油め……! 洗浄魔法をことごとく吸い込みやがる!」
それは、一度こびりつけば魔法陣の構成すら歪めてしまう「魔法無効化」の特性を持っていた。この世のどんな洗浄魔法も弾き返す、厄介な汚れだ。
「リアロマ殿、来てくれたか!」
現場で指揮を執っていたカイル公爵が駆け寄る。その横では、ゼノが冷や汗を流しながら魔導書をめくっていた。
「駄目です、閣下。この油は魔力を喰らって硬化する。物理的に削り取るには、クレーンの強度そのものが持ちません!」
「どうしたのですか?公爵」
「それが、見ての通り魔導クレーンで釣り上げた油の容器をひっくり返してしまって、それがよりにもよって魔力をはじく油だったのだ」
「それはまた。公爵はあまり運がよくないですね」
のんびりと尋ねながら、リアロマは騒ぐ男たちの間から、巨大な歯車を見上げた。
魔法が無効化されるのは厄介だが、このままここに立ち往生されては、おいしい魚が手に入らなくなるかもしてない。
「うーん。頑固な油汚れは『ふやかして』あげるのが基本ですよ?」
リアロマが、重油の塊にそっと手を触れる。
そして、クレーンを震わせる波を放った。
ジジ……という微かな音が響く。
クレーンの表面に、頑固にこびりついていた重油が、内側から激しく脈打ち始めた。魔法を弾く鉄壁の層が、リアロマの指先から伝わる振動によって、みるみるうちに「ふやけて」いく。
「な……!? 魔法が効かないはずの油が、まるで温められた蜜のように……」
ゼノが驚愕の声を上げる。
「はい。浮いた汚れを、一気に掃き出します」
リアロマの青い髪の末端、白へと溶けるグラデーションの部分がわずかに浮いた。
その瞬間、クレーンにまとわりついていた数トンもの重油が、一斉に「剥がれ」た。
――ドサササササッ!
轟音と共に、鉄の表面から剥離した汚れの塊が、地面に真っ黒な山を作った。
後に現れたのは、朝日に輝く新品同様の魔導天秤クレーンだ。
「……よし。これでようやく並の輝きですね」
額を拭き上げるリアクションをしながらリアロマが満足そうにつぶやいた。
「魔力をはじく油をどうやって……?」
「汚れのついているモノのほうを揺らせば、汚れは離れていきますよ。公爵は洗濯や掃除をしなさすぎじゃないですか?」
「う、す、すまん……ところで、リアロマ殿……この……この地面に積み上がった、巨大な『汚れの山』、何とかなったりはしないか?」
カイルの叫びに、リアロマは買い物カゴを持ち直し、ふんわりと答えた。
「それはカイル様の仕事じゃないですか? 私は汚れを『浮かせ』て『落とし』ました。……ごめんなさい。残ったゴミは私にはどうしようも。えーと、すみません。元に戻したらいいですか?」
(もとに戻す……? リアロマならやってしまいそうだ!)
「あ、いやかまわない!これはこちらで何とかする!」
油の廃棄物の山を見て、ちょっとひるんでしまったカイル。
「……閣下。……クレーンは無事回復しましたが、これはこれでこの先寝る暇はなさそうですな」
「ゼノ、泣き言を言うな! クレーンが無事なら僥倖だ!騎士団を呼べ! 全員でシャベルを持つのだ!」
港に響き渡る領主の号令。一方で、リアロマはほんわかと、軽やかな足取りで家路につくのだった。




