シズナの朝市と、並の野菜洗い
港町シズナの朝は早い。
海から吹き込む潮風が霧を払い、市場に色とりどりの野菜や魚が並び始める頃、リアロマはいつものように買い物カゴを手に、石畳の道を歩いていた。
「……うーん。このカブ、なにか響きが悪いですね」
リアロマが立ち止まったのは、山積みにされた大ぶりのカブの前だった。ぽんぽんと反響を確かめるようにカブに触れる。
店主が「今朝採れたてだ」と胸を張る野菜だが、リアロマは、その表面にまとわりつく不快なノイズを捉えていた。それは土壌に残留した魔力が蓄積した「シミ」のようなものだった。
「おや、リアロマ殿。またそのような厳しい目つきで食材を睨んでおいでか」
背後から声をかけたのは、公爵の側近ゼノだった。
彼は、リアロマが主君カイルの脳波を整えた一件以来、彼女の魔法が見せる異常性を解明しようと、密かに観察を続けていた。
「ゼノ様。このカブ、土に残ったよくないものが内側にまで残ってる感じがします。なんというか……このままでは煮込んでも出汁の波長と反発して、味が浸透しなさそうです。並の食卓にはならないかも」
「……土? 土が悪いのであればそれを落とせば済む話ではないのか」
「んーちょっと違うんですよね。なんというか、表面を洗うだけでは、奥の濁りはとれないというか……見せたほうが早いかな。すみません。これ下さい」
そう言ってリアロマはカブを買い取ると、市場の隅にある共同水場へと向かった。
彼女が水桶に手を浸すと、水面が細かく、だが激しく波打ち始める。
「……表面的にはこれくらい、細かく揺らして、深部に当てます。それで中を洗うんです」
リアロマは説明しながら、手のひらから極微細な超音波振動をカブの内部に浸透させた。
水中に発生した無数の真空の泡が、カブの細胞ひとつひとつに潜む「不快な振動の種」を叩き、衝撃波で次々と弾き飛ばしていき、それが、水に溶けだしていく。
「んんん……!?なんだ? 確かに水に……これは少ないが、よくない魔力だ……全く気付いていなかった」
ゼノは絶句した。魔導師である彼にも、わからなかったカブの深部の黒い澱を、リアロマの波が霧散させたのだ。よくよく見てみると、カブは魔力的にはまったく曇りなく透き通っている。
「仕上げに、うまみを増すようにしましょう。うーんおいしそうです」
この時リアロマが放った振動はカブの細胞を活性化させ、うまみのアミノ酸を増加させた。
仕上げにリアロマが指先でパチンと水を弾くと、桶の中の水が瞬時に澄み渡った。
洗い上がったカブは、余計な悪い魔力を削ぎ落とされ、朝日を浴びて真珠のような光沢を放っている。
「……リアロマ殿。あなたはまた、なんという……。私の目にも見えなかった内部の魔力を、それだけで」
「ふふっ、大げさですよ。丹精を込めて作ってくれたものですから、せっかくなら、おいしく食べたいじゃないですか」
リアロマはころころと笑ってから、不思議そうに小首を傾げた。




