地下の汚れと、冷たい残骸
早速、カイルは水道局の職員に話を通した。
局舎は港の丘の中腹にある、石造りの地味な建物だ。シズナの地下水源を管理する部署で、職員が数人、水質の記録をつけたり導水路の点検をしたりしている。リアロマが訪れた時、職員たちは普通に書類を広げていた。いつもと変わらない朝だった。
カイルが領主として用件を告げ、地下水路への入り口を案内させた。局舎の奥に、石の扉がある。普段は閉まったままで、定期点検の時しか開けない扉だ。
「騎士団は連れてこなかったのですか?」
石段を下りながら、リアロマが言った。
「ゼノが船の検分に動かしている。私は手が空いていた」
「それだけですか」
「リアロマさんをここに通すことができるのは私だけだ。領主として当然の判断だ」
リアロマは何も言わなかった。カイルも何も言わなかった。松明の光が石の壁を照らし、水の音が低く響いている。
石段を下りきったところで、リアロマは足を止めた。
足元に波紋を流す。石畳の上の埃の積もり方を読む。職員たちが日常的に歩く動線は、長年の出入りで摩耗した跡がある。しかしその動線から外れた場所に、新しい靴底の痕跡があった。
「誰か入っていますね。最近」
カイルが松明を掲げ、足元を見た。石の表面に、うっすらと泥の跡がある。職員の履物とは形が違った。
「行くぞ」
地下水路は思ったより広かった。
天井が高く、石組みの壁に沿って水が流れている。空気は冷たく湿っていて、かすかに苔の匂いがした。リアロマは波紋を流しながら歩いた。水脈を辿るように、奥へ、水源の方向へ。
角を曲がったところで、人の気配があった。
二人いる。水路の奥、水源へ続く扉の前に立っていた。黒い外套で顔を隠した男たちだ。男たちはリアロマとカイルの姿を認めた瞬間、一人が大きく一歩前に出た。
「おっと、ここから先は通行止めだ!」
声が水路に反響した。男は外套を払い、腰の剣に手をかけながら、大音声で名乗りを上げた。
「俺の名前を聞いて驚くなよ! ダート傭兵団が誇る、『地を這う』ヴェッカとはこのオレ…… あ”?」
名乗り終わる前に、顔から地面に突っ込んだ。
扉の向こうは、広い空洞だった。ヴェッカたちはカイルに縛られて転がされている。
天然の岩盤がくり抜かれたような空間で、中央に深い水たまりがある。シズナの地下水源だ。ここから街中の井戸へ水脈が広がっている。静かで、冷たくて、何十年もこのままであり続けたような場所だった。
リアロマは水源の縁に立ち、指先を水面に浸した。波紋を広げる。深く、底へ向けて。
(……ここね)
水底の岩盤の隙間に、異物が押し込んであった。外側は岩に偽装してあるが、内側に魔力核を持つ魔導具だ。今朝から稼働を始めたばかりで、まだ滲み出しは僅かだった。
波紋を絞り込み、岩盤の隙間へ向けて細く鋭く送り込んだ。魔導具の外装を読む。固有振動数を探る。ゆっくりと、周波数を変えながら探針を当てていく。
(……そこね)
ブランコを押すように、固有振動数のリズムに合わせて波を送り始めた。外装がほどけていく。岩盤の隙間からかちりという音がして、外装が割れた。内側の核が剥き出しになる。
カイルが水面を覗き込んだ。残骸が浮かび上がってきているのが見えた。彼はリアロマが何か言う前に、水の中に手を入れた。岩の破片と、焼き切れた魔力核の残骸を引き上げる。
「……冷たいな」
カイルが水に濡れた袖口を見ながら言った。
「波で運んでこちらに寄せられたんですが」
「……先に言え」
「私が言う前に手をお入れになっていました」
カイルが残骸を布で包み、懐にしまった。水源の水面は穏やかで、揺れが収まると底まで透き通って見えた。
「これで井戸は並に戻ります。それより公爵様」
リアロマが水源から目を離し、扉の方を向いた。
「あの二人が捕まったと気づかれたら、船が逃げるかもしれません。ゼノ様に連絡を取れますか」
カイルの表情が引き締まった。
「……急ぐぞ」
二人は水路を走り抜けた。縛られたヴェッカが「俺たちはどうなるんだ」と声を上げたが、カイルは振り返らなかった。
石段を駆け上がり、局舎を出る。カイルが伝令を走らせながら、港へ向かって足を速めた。




