シズナの祭り、並の打ち上げ花火
年に一度、港町シズナの夏祭りは盛大だった。
漁の豊漁を祝う祭りで、夜になると広場で踊りが始まり、屋台が並び、港の桟橋から花火が打ち上がる。何十年と続く、並の祭りだ。
リアロマは店の裏庭に椅子を出し、お茶を飲みながら花火を眺めていた。
悪くない。
花火は波だ。火薬が爆発する衝撃波、炸裂した光の粒子が散らばる軌跡、低い腹に響く音。それぞれが重なり、拡散し、夜空にいろんな波が描かれている。リアロマには複雑な模様となったその波のひとつひとつが見えていた。それを抜きにしても、花火は綺麗だった。
ただ。
(……煙が、こちらに来ていますね)
風向きが良くなかった。
打ち上がるたびに発生する白煙が、風に乗って街の方へ流れてきている。今夜は沖から陸へ向かう風だ。祭りの夜の風向きとしては、最も都合が悪い。このまま花火が続けば、広場の踊りの輪に煙が流れ込む。屋台の食べ物にも匂いがつく。翌朝の洗濯ものにもつくかもしれない。
不衛生だ。
リアロマはお茶を一口飲んでから、そっと手のひらを沖の方角へ向けた。
手のひらから、赤外線を放つ。海面に向けて、静かに、じんわりと。狙いは沖合の海面だ。海の生物が驚かない程度に、水面のごく薄い層だけをほんのりと温める。お風呂より少しぬるいくらい、の温かさだ。
温められた海面の上の空気が、ゆっくりと膨らみ始めた。軽くなった空気が上へ昇り、沖の上空に低い気圧の領域が生まれる。気圧の高い陸側から、低い沖側へ、空気が自然に引っ張られていく。
風向きが、変わった。
花火の煙が、するりと向きを変えて、沖の方へ流れ始めた。
広場では、誰も気づいていなかった。
踊りの輪が広がり、屋台の声が賑やかで、子どもたちが走り回っている。花火が打ち上がるたびに歓声が上がり、煙は静かに海へ消えていく。並の祭りの夜だ。
リアロマはお茶を飲みながら、花火を眺め続けた。
しばらくして、カイルとゼノが裏庭に顔を出した。
「リアロマさん、ここにいたか。広場の方に来ないのか」
「ここからでも見えますから」
「……確かに、よく見える」
カイルが隣に椅子を引いて座った。ゼノもその隣に腰を下ろす。三人で、しばらく花火を眺めた。
大きな花火が打ち上がった。赤と金が夜空に広がり、低い音が腹に響いた。
「今年は煙が来ないな」
カイルがぽつりと言った。
「風向きがいいんですよ」
「そうか。去年は広場まで煙が来て、踊りの輪がしばらく煙の中だったが」
「今年は大丈夫そうですね」
ゼノが、リアロマを横目でちらりと見た。
沖の方角に向けられていたリアロマの手が、膝の上に戻るのが見えた。ゼノはノートを取り出しかけて、止めた。今夜は祭りだ。測定は、また今度でいい。
「……リアロマ殿、お茶をいただけますか」
「どうぞ」
リアロマがお茶を二人分、並の温度で淹れた。
三人で、花火を眺めた。
煙は、静かに海へ流れていく。広場の歓声が、風に乗って裏庭まで届いていた。
「うん」
リアロマが小さく呟いた。
「並の美しさですね」
夜空に、また一発、花火が上がった。




