ゼノの新型測定器、またしても爆発
朝の洗濯は、順調だった。
潮風の向きが良く、干し場のシーツがきれいに膨らんでいる。預かり物の麻布も、塩の抜けが申し分ない。リアロマは鼻歌を口ずさみながら、桶の水に指先を浸し、次の布地をゆっくりとほぐしていた。
今日は何も起きない、並の洗濯日和だった。
店の扉が開いた。
「リアロマ殿。本日こそ、測定させてください」
ゼノが入ってきた。両腕で、大きな木箱を抱えている。カイルがその後ろに続いた。
「……それは」
「新型です」
ゼノが木箱をカウンターに置き、丁寧に蓋を開けた。中には、これまで持ち込んできたどの測定器よりも大きく、複雑な構造をした機械が収まっていた。魔石が三つ、目盛りが三重になっている。切り替え式のスイッチが三つ並んでいた。
「王立魔導アカデミーの工房に特注しました。魔力・腕力・振動を切り替えて計測できる三機能型です。従来の測定器より精度が高く、測定限界も大きく引き上げてあります」
「そうですか」
「先日のドームの件、外から何も読めなかったのが、ずっと気になっていまして。より精密な測定器があれば、リアロマ殿の力の構造を少しでも理解できるかと」
リアロマは桶から手を引き上げ、ゼノの新型をちらりと見た。
「今、洗濯中ですよ」
「存じています。洗濯中を測定させてください。日常動作の計測値が一番、実態に近いと思いますので」
リアロマは少し考えてから、頷いた。
「邪魔にならないなら、どうぞ」
「ありがとうございます」
ゼノが慎重にスイッチの一つ目を入れた。魔力測定モードだ。魔石が静かに光り始める。リアロマは何事もなかったように、桶の中の布地に向き直った。
鼻歌が再開された。
指先が、水面に触れた。
針が、かすかに動いた。
「……やはり、ほぼ反応なしですか」
ゼノが小さく息を吐いた。三週間特注した測定器の第一計測結果が、いつも通りかすかな読みだった。カイルが腕を組んで横から覗き込んだ。
「ゼノ、次は腕力を測ってみろ」
「……は?」
「念のためだ。あれだけのことをやってのけるなら、単純に膂力が規格外という可能性もあるだろう」
ゼノが気まずそうにリアロマを見た。リアロマはゆっくりと振り返り、カイルを見た。
「公爵様。私は洗濯屋ですよ」
「わかっている。念のため、だ」
目が、笑っていなかった。
「……閣下、それは少し」
「測定に支障はないはずだ。ゼノ、やれ」
ゼノが申し訳なさそうに、スイッチを二つ目に切り替えた。
針が、かすかに動いた。それだけだ。
沈黙が流れた。
カイルがゆっくりと視線を逸らした。リアロマは桶に向き直り、布地のほぐし作業を再開した。その背中から、わずかに棘のある静けさが漂っていた。
「……閣下」
「わかっている」
「一言、おっしゃった方が」
「わかっていると言っている」
ゼノが額に手を当てた。
「リアロマ殿、最後に振動を計測させてください」
ゼノが、おそるおそるスイッチを三つ目に切り替えた。
磁石が静かに光る。目盛りがゼロを指している。
リアロマは何も言わず、布地のほぐしを続けた。指先が水面に触れる。低くゆっくりとした振動が、水を通じて布の繊維へと染み渡っていく。
針が、大きく振れた。
振れたまま、戻らなかった。
ゼノが息を呑んだ次の瞬間、ボンッという音とともに白煙が上がった。測定器の目盛りの盤面が割れ、魔石が焼き切れている。
静寂。
煙が、ゆっくりと天井へ昇っていく。
「…………」
ゼノが、その場で固まっていた。
「魔力は、かすかだったんです」
誰に言うでもなく、ゼノが呟いた。
「腕力も、かすかだったんです」
カイルが押し黙った。
「振動だけが……振動だけが……」
「ゼノ様、お茶いかがですか」
「……いただきます」
リアロマがお茶を三人分、並の温度で淹れた。ゼノは湯気の立つお茶をぼんやりと眺めた。
カイルが、小さく咳払いをした。
「リアロマさん。さっきは、失礼した」
「並の謝罪ですね」
「……う、ああ」
ゼノがノートを取り出した。何かを書き、少し考え、また書いた。最後に一行だけ書き足した。
「並の洗濯は、現在の測定技術の限界の外にある。魔力でも腕力でもなく、振動だけが、その片鱗を示している」
カイルが書類をめくる音だけが、静かな店内に響いていた。
「……アカデミーに、もう一台頼まなければ」
「次は権力を測れるものなどはいかがですか」
「リアロマさん……」
「ふふっ」
リアロマは布地を桶から引き上げ、水気を確かめた。
「よし。並の仕上がりですね」
干し場へ向かうリアロマの背中を、カウンターに残った焦げた測定器の残骸が、静かに見送った。




