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波魔法使いは並じゃない 〜最強魔法使いの洗濯屋スローライフ〜  作者: 藍愛某


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港に響く不協和音と、染み抜き職人の憤怒

 干し場に戻ったリアロマは、布を一枚、手に取って止まった。


 色が、ずれている。


 預かったのは昨日だ。港の外れにある旅人宿「波止場亭」の女将から、食堂のテーブルクロスと窓掛け布、合わせて十数枚を受け取った。この宿の藍染めのリネンは、シズナ名物と言っていい。旅人が「あの深い青が忘れられない」と再訪する理由になるほどの、丁寧に染め上げられた布だ。


 見た目には、わからない。


 並の目で見れば、藍の色は変わっていない。しかしリアロマには、布から反射してくる光の波長のパターンが見えていた。本来の藍染めが返すはずのそれと、今この布が返しているそれが、微妙にずれている。ほんのわずかだ。しかし確実に。


(……繊維の中に、何か入り込んでいますね)


 リアロマは布の端に指先を当て、静かに波紋を広げた。指を中心として、探査の波が布地の目をひとつひとつたどるように染み渡っていく。返ってきたものを読む。


 闇魔法の性質を持つ粉末だ。繊維の目の奥深くまで食い込んで、絡みついている。こいつはじわじわと、確実に、発色成分を侵食していく。今はまだ変色には表れていない。しかしこのまま放置すれば、数日のうちに闇の魔力を放つだろう。


 リアロマの眉が、わずかに寄った。



 波止場亭の女将に話を聞いたのは、昼前だった。


「最近、出入りが変わったことはありましたか」


「ああ、そういえば……先週から、行商人が一人、連泊しているんですよ。布や染料を扱っているとかで、とにかく荷物が多いです。とはいえ、騒ぐわけでもないし、大人しい方ですよ」


「その方が食堂を使う時間は、決まっていましたか」


「朝だけ、食堂でゆっくりされていて……あの、何か?」


「いいえ。少し確認したいことがあるので、その方がいつ出発するか、わかりますか」


「明後日には発つと聞いていますが」


 リアロマは頷いた。それだけ聞けば、十分だった。



 夕方、ゼノが店に顔を出した。


「リアロマ殿、今日もお邪魔します。……何か、ありましたか」


 いつもと違うリアロマの表情に、ゼノがすぐ気づいた。


「波止場亭のリネンに、細工が入っています。見てもらえますか」


 ゼノが検知器を向けた。針が、ぐいと振れた。


「……魔力反応があります。それも、普通の呪いとは少し違う。これは」


 ゼノが検知器の読みを確認し、眉をひそめた。


「魔法を弾く性質の粉末です。以前汚れを落としていただいた港のクレーン、あの魔油と近い構造をしている。浄化魔法は通じません」


 ゼノは検知器を下ろし、静かに首を振った。


「私の手では、どうしようもないですね」



 翌朝、ゼノから報告を受けたカイルが店に来た。


「リアロマさん、浄化魔法が通じないとなると……どうにかなりそうか」


「食堂のテーブルクロスに仕込まれています。行商人は朝、食堂でゆっくりしていたとのことで、その間に仕込まれたのかと。このまま放置すれば、この食堂で食事をした人に、並の一日は訪れないことになるでしょう」


 リアロマはテーブルクロスを一枚、桶の水に浸した。


「並が来ないなんて、許せません。繊維の奥まで洗ってみせます」


 まず、水の中で超音波振動を藍の布に集中する。水中に発生した無数の真空の泡が、繊維の目の奥深くまで入り込んだ粉末を包み込み、崩壊する瞬間の衝撃で引き剥がしていく。力で擦っても届かない場所まで、泡は入っていく。


 布を引き上げた。


 しかし、それだけでは終わらなかった。


 粉末は泡で浮かせた。しかし、深く絡みついた魔力の残滓が、まだ布の中にある。


 リアロマは布の表面に再び波紋を広げた。残った魔力の癖を丁寧に読み取っていく。


(……これね)


 こびりついた魔力だけが共鳴する周波数を、ぴたりと読み取る。物理振動が魔力の残滓を内側から揺さぶり、繊維と魔力を分離させていく。


 クロスが、光の波長を正しく返し始めた。


 十数枚、同じ作業を繰り返した。


「……」


 横でカイルが黙って見ていた。ゼノがノートに書いていた。リアロマは声も出さず、ただ静かに手を動かし続けた。



「仕上がりました」


 藍色に揃った布が、潮風に揺れていた。


「行商人の件は、そちらでどうにかしてください。荷物の中に粉末の残りがあるはずです。ゼノ様の検知器なら反応します」


「……わかった。ゼノ、騎士団を動かせ」


「はい。粉末の出所と、誰の指示かを確認します」


 ゼノがノートを閉じ、カイルの後に続こうとした時、リアロマが口を開いた。


「ゼノ様」


「はい」


「あの粉末、以前の港の油と構造が近いと言っていましたね」


「ええ。おそらく同じところから来ています」


 リアロマはそれ以上は言わなかった。ゼノとカイルを交互に見て、ひと呼吸置いてから言った。


「布を泣かせるような真似は、二度とさせないでください。これだけは、お願いします」


 静かな声だった。怒ってはいない。ただ、そこだけが、揺るがない声だった。



 行商人が発つ予定の朝、彼は騎士団に連行された。荷物の中から、粉末を分装した小瓶が複数見つかった。


 波止場亭の女将は、戻ってきた布を受け取り、首を傾げた。


「……あれ、なんかきれいになってる気がする。気のせいかしら」


 女将には、変化の前後がわからない。仕込まれていたことも、誰かが直したことも。


 リアロマは受け取ったクリーニング代を小皿に置き、次の洗濯物に取り掛かった。


「今日も、並の仕上がりです」


 干し場に藍色のリネンが揺れる、並の朝だった。

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