表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波魔法使いは並じゃない 〜最強魔法使いの洗濯屋スローライフ〜  作者: 藍愛某


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/29

カイル公爵の休日、並のピクニック

 カイルが休みを取ったのは、珍しいことだった。


 珍しいどころか、ゼノが記憶している限り初めてのことだった。朝、書類を持って『なみまつ』へ向かおうとしたカイルに、ゼノが「閣下、今日は休みを取ってください」と申し渡したのだ。目の下の隈が、ここ数日で特にひどくなっていた。


「……休みとは、何をすればいいんだ」


「外に出てください。日に当たってください」


 そういう経緯で、カイルはリアロマと連れ立って、港の外れの小高い丘にいた。


 丘の上には、草地が広がっていた。遠くに海が見える。潮風が草を揺らし、空は高く、雲が少ない。リアロマは草の上に腰を下ろし、お茶を二人分、並の温度で注いだ。指先を静かに動かして、二人の周囲の紫外線だけを散乱させておく。日差しの温かさは変わらない。


「……」


 カイルが腰を下ろした。お茶を受け取ったが、飲まなかった。海を見ていた。


「北の港の税収の件だが、来月の会議までに数字を整理しておく必要があって」


「今日はお休みですよ」


「わかっている。ただ、頭の中で整理しておくだけなら」


「それも仕事ですよ」


 カイルが黙った。お茶を一口飲んだ。


 落ち着かない。草の上に座って、海を眺めて、お茶を飲む。それだけのことが、どうしてこんなに難しいのか。


 リアロマは何も言わなかった。ただ、お茶を飲んでいた。


 しばらくして、カイルはなんとなく、目を細めた。


 あの夜のことを、ふと思い出した。


 数年ぶりに、本当に眠れた夜のことだ。洗濯屋の椅子で、シーツを膝にかけられて、気づいたら朝になっていた。外に刺客が転がっていて、目の前では洗濯屋が「クリーニング代、先払いで」と営業スマイルを浮かべていた。


 あの時から、何かが変わった気がする。


 屋敷の空気が変わった。脳の中の澱みが消えた。一睡もできなかった夜が、少しずつ遠くなった。カビだらけだった教会が白くなり、濁っていた海が澄んだ。街の空気が、少しずつ、並に近づいていく。


 自分では何もしていない。ただ、この洗濯屋が来てから、シズナが変わっていく。


(……俺は今、何年ぶりに昼間から外にいるんだろう)


 そう気づいたのは、海を見ながら雲の動きを追っていた時だった。執務室の窓から外を見ることはある。だが、こうして風の中に座って、潮の匂いを吸って、雲が流れていくのをただ見ている、ということを、いつからしていなかったのか。


「……リアロマさん」


「なんですか」


「君が来る前、この街はもっと暗かったと思う」


 リアロマが少し首を傾げた。


「そうですか? 私は来た時から、並だと思いましたよ」


「並、か」


「ええ。洗濯日和の日もありましたし」


 カイルは少し笑った。


 一時間ほど経った。眠れはしなかった。だが、帰り道、丘を下りながら、カイルはなぜか少し軽くなった気がしていた。


「……前より、眠れるようにはなっているんだがな」


「それは良かったです」


「だが、こういう時間の使い方がまだよくわからない」


「慣れですよ」


「君は、いつからそんなに慣れているんだ」


「シーツが並に乾いた時が、一番落ち着きますから」


 カイルは何も言わなかった。


 丘の下でゼノが待ち構えていた。カイルの顔色を見て、来た時より少しだけ表情が柔らかいことに気づいた。


「……閣下、眠れましたか」


「眠れなかった」


「そうですか……」


 ゼノがリアロマをちらりと見た。


「リアロマ殿。何か、やりましたか」


「お茶を飲みました」


「……そうですか」


 ゼノはノートに何かを書いた。書いてから、少し考えて、また書いた。


 リアロマは空のお茶の瓶を抱えて、店への道を歩いた。干し場のシーツが、風に揺れているはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ