海を聴く
シーツを干し終えてから、リアロマは桟橋の先端まで歩いた。
昼下がりの港は、いつもより静かだった。漁師たちが沖に出ていない。カイルが聞き込みに行く前に、そう教えてくれていた。「三日前から、魚が全然獲れない。網を下ろしても空っぽで返ってくる」と、顔色の悪い老漁師が言ったらしい。
リアロマは桟橋の端に立ち、海面を見下ろした。
目には、ただ濁った海が映っている。だが彼女が本当に「見て」いるのは、目ではない。
靴底から、極細の振動を海へ送り込む。
それは海水に溶け込み、波紋のように広がり、海底へと沈んでいく。返ってきた波の「歪み」を読むことで、水中の様子を立体的に把握する。リアロマにとっては、洗い桶に沈めた布の感触を指先で読むのと、大して変わらない作業だ。
(……魚がいない。いるはずの深さにも、浅瀬にも。全部、逃げている)
中心から外側へ向かって、放射状に。まるで桶の水が腐っていたら魚が端に逃げるように。
そして、海底に。
(……何か、ある。大きい)
リアロマの眉が、わずかに寄った。海底の泥の中に埋まったそれは、巨大で、古く、そして内側からじわじわと何かを滲み出させていた。生きているわけではない。ただ、崩れていた。長い時間をかけて、少しずつ、少しずつ。
「リアロマさん!」
桟橋の入り口から、カイルとゼノが走ってくる。
「漁師たちから話を聞いてきた。やはり三日前から急激に悪化していて、それ以前も、数ヶ月単位で少しずつ……」
「そうですね」
「わかったのか? 原因が」
「……大体は。ただ、もう少し近くで確かめたいです」
リアロマは海面から目を離さない。ゼノが測定器を取り出し、海面へ向けた。針が、ぐんと振れた。振れたまま、戻ってこない。
「魔力反応が……ひどい。これは単純な汚染ではない。何かが能動的に、魔力を放出し続けています」
「能動的に、というか」
リアロマがぽつりと言った。
「滲み出ているんです。古い染みが、ふやけてきて。……洗濯物を長く放置すると、汚れが繊維の奥から浮いてきますよね。あれと同じです。ただ、随分と根が深そうで」
「つまり……原因は海底に?」
「ええ。もう少し近くで見てみます。……公爵様とゼノ様も、明日ご一緒できますか」
カイルとゼノが顔を見合わせた。
「もちろんだが……海底とは、どうやって」
「大丈夫ですよ」
リアロマはふんわりと笑い、踵を返した。潮風が、青い髪の白い末端を揺らした。
「濡れないようにしますから」




