閑話休題:友達の定義とは?
普段から学校への登校がギリギリではある栞凪だが、急いで駆け込むようなことはしない。
とはいえ、間に合うような行動をしている。
それでも今朝だけは違った。
原因は先週末の放課後、下校時刻間際に告げられた幸羽からの一言。
『アタシの友達になってくれない?』
言葉の意味を理解しながらも、その意図が分からずにいる。
朝食をそこそこに済ませ、鈍い思考が栞凪の一挙手一投足を遅くさせていた。
それもあって昼食のお弁当を忘れかけたり、学校の最寄り駅に到着しながらも電車から降り損ねそうになったりと。
何もかもに支障が生じていた。
そのせいで少し急ぐ羽目になり、時間を気にしながら通学路を進む。
「ここまでくれば間に合うか……」
軽く息を整えながら、目と鼻の先に学校が見えてきたことに歩調を緩める。
「お、栞凪じゃん」
「……」
交差点に差しかかると、同じ制服に身を包む女生徒に声をかけられた。
それ自体は不思議なことでもなく、駅から学校までの通学路だから。
ただそれでも、寮生が多い学校というのもある。
「お~い、私のこと忘れちゃった? 去年同じクラスだった、蜂矢美玲さんだよ」
「……いや、忘れるわけないじゃん」
顔の横で可愛らしく手を振る美玲に、栞凪は短めに嘆息した。
(蓮永さんにどこか既視感があると思ったら、そうだよ……)
栞凪より背は低く、垂れた目じりの奥に宿る藍色のカラコン。動くたびに波打つ長い黒髪は、一目で余念のない手入れがされているのがわかる。
小柄ながらも愛嬌を感じる笑みを向ける美玲。
それに対して、栞凪は眉根を寄せた。
美玲が手にするコンビニのビニール袋。学校から一番近く、多くの生徒が利用する。
「校則違反」
「え、何のこと?」
白々しく惚けてみせる美玲に、栞凪は敢えて追求しない。
基本的に寮では朝晩の食事は用意され、昼食も事前にお願いしておくこともできる。それでも育ち盛りの男子からすれば足りず、学食や購買、メニューに飽きたらコンビニの利用。
それでも校外への外出は、放課後のみと限られる。
朝から寮生と外で会うこと事態が異例の事。
「朝食でも食べ損ねたの?」
「それくらいだったら購買で何か買うよ」
「……それもそっか」
向かう先が同じというのもあって、気づけば隣り合うように歩く。
その度、ガサガサと袋が存在を主張してくる。
「なに、気になる?」
「……まぁ、気にならないでもないけど……いつものでしょ?」
へへへと笑う美玲に、栞凪は呆れを隠さない。
(校則やぶって内申点とか怖くないのかな……)
同じクラスになったのは去年の事だが、実際には中等部の頃から何かと付き合いがあった。
1年の初め、学年全体の交流を深めるための校外レクリエーションが行われる。
それでも生徒数が多く、生徒達はクラスメイト同士で行動をしてしまう。中には入学前にSNSで繋がったり、寮での交流があったりと、交友の広い生徒もいる。
そんな例にもれず、栞凪も席が近かったクラスメイトと行動するばかりだった。
だが、クラスも違う美玲が声をかけてきたのだ。
それからクラスの枠を超えて交流(美玲から一方的に話しかけてくる)があり、寮生の間では堂々と校則違反をする生徒だと噂を耳にしていた。
特に、校外への無断外出。
今回のように最寄りのコンビニへ、新作のスイーツがでるたびにしている。
何も禁止されている朝にいかなくてもと思うが、美玲からすれば売り切れが困ってしまうらしい。
栞凪のような寮生でない生徒に頼むのも一つの手でだが、それだけはしないというポリシーがある。
だから、朝から校外へと足を運んでいた。
「そういえば転校してきた子とはどんな感じ?」
「……どんなって」
元クラスメイトだからと積もる話がないなと黙っていたが、美玲はまるで友人かのように訪ねてくる。
名前を口にしなくとも、一瞬で誰なのかわかってしまう。
(クラスは別だけど、やっぱり転校生ってだけで注目の的なんだな)
かれこれと幸羽が転校してきてから一か月以上と経ち、栞凪からすれば特別視するようなことが無くなりつつあった。
クラスではムードメーカーのように明るく、裏では必死に追いつこうと勉強をしている。
それを知るのは栞凪と、精々が担任である昴くらいだろう。
当の幸羽も、それをひけらかすようなことをしたがらない。
「普通じゃない? 毎日楽しそうだよ」
「……そうなんだ」
だからあくまで表面上、いちクラスメイトとしての視点で幸羽の情報を伝えておく。
それで納得したのか、美玲はそれ以上追及してこなかった。
(そうだ、美玲なら……)
ちょうど幸羽について触れた。
それが栞凪の中で、美玲という女生徒を知る上でちょっとした相談をしようという考えが過る。
「ねえ、私達ってどんな関係なの?」
「……ん? 何、急に」
「え、ああ、ごめん。ちょっと考えなしだったかも」
「う、うん」
明らかに動揺や困惑といった雰囲気を醸しだす美玲に、栞凪は少しだけ考え込む。
「私と美玲って、クラスは違うけど月一くらいで話したりするじゃん」
「あれ、もうちょっと頻繁に会ってると思った」
「そうだっけ?」
実際、学年が変わってからこうして会うのは初めて。
とはいえ、気まずいという空気感はない。
噛み合わないお互いの認識を持ちながら、話が進んで行く。
「美玲って何かと友達が多いじゃん。その中の私も友達に入るのかなって」
「なに、私告白されんの。確かに友達ではあるけど、そういったのは……」
真剣な面持ちの栞凪を、美玲は揶揄うように身悶えさせてみせる。
「……いや、しないけど」
だが栞凪は、冷めた表情で美玲を見据えてしまう。
「美玲にとって、友達の定義って何なのかなって気になったんだ」
「何それ、栞凪ってケッコー難しいこと考えてる感じ?」
笑ってみせる美鈴に、栞凪は真剣に耳を傾ける。
栞凪の様子に、美玲は短く息を吐いた。
「さっきも言ったでしょ、難しいこと?」
「……ん~」
質問を質問で返され、答えを持たない栞凪は考え込んでしまう。
対して美玲は笑みを浮かべて――、
「短い学生生活の交友関係なんて一時じゃん。それにいちいち上下とか順位付けと無駄でしょ。今後社会にでて続く関係であれば親友とまで呼べるけど、それ以外は友達的なフラットな関係、来るもの拒まず去るもの追わずかな」
人懐っこい雰囲気とは裏腹に、どこかドライな関係性を持ち合わせている美玲。
それが聞けただけでも、栞凪の中で一つの問題に対する答えを得られた。
それを、どう枠づけていくか。
「けど栞凪とは、なんだかんだ今のまま続きそうな気がするんだよね」
「……そう」
自身の考えを明らかに、現状の関係を位置付けておきながらも美玲のフォロー。
それが気に入らないわけではなかったが、栞凪としても追及することではなかった。
美玲の言葉を借りるのであれば、ここで関係が終わったところで気にならない。
元々、そんな距離感であるから。
「って、そろそろ急がないと遅刻する」
「……ホントだ」
時刻を確認すると、せっかくの余裕がなくなりつつあった。
仕方ないと栞凪は腹を括り、少しずつ歩調を速めていく。
「ゲッ、こんな時に限って」
「そうね」
気づけば栞凪と美玲は駆け足気味で、あと少しで校門前に着くところだった。
「じゃ、私は先に行くわね」
「薄情者!」
寮生でない栞凪からすれば、遅刻ギリギリに駆け込むいち生徒でしかない。
ただ美玲はいち寮生で、禁止されている無断外出をしている。出入り口が一つだけではないが、遅刻を免れることはできない。
どちらにしても、美玲が教師からお小言を貰うことは確実。
であれば、それに栞凪が付き合う必要はない。
(自業自得よね)
無断外出がバレることを避けるためか、美玲とは道の途中で別れる。
その後美玲がどうなったか知ることもせず、栞凪はどうにか遅刻することはなかった。




