思考断たず、その身堂々と輝いて
動けない、視線の先の少年。
そこに、自分の放った攻撃が全てまともに着弾した様を見て、アーガルズの口角は堪えきれず上がっていた。
着弾の衝撃で床の木はひしゃげ、辺りには瓦礫の土煙が舞っている。
──生意気なガキ。駒を裏切らせ、なおかつこの大事な商談の日にわざわざ自分に楯突いてきた。
その頑丈さと戦闘時の頭の回転には多少目を見張る部分があるでもなかったが、しかしいくら頑丈でも、掃射をまともにくらえば立ってはいられない。
結局、防御の仕組みにも気付かずに死んでいった、間抜けなガキだ。
故に、アーガルズは湧き上がる勝利感を隠さずに、その口角を上げていた。
「死体を確認してるほど暇じゃねぇんだ。時間までに──」
手下をどれだけおいておこうが無意味、下手を打てば相手の『モノ』になる可能性がある手前、この先に控える商談は一人で望まなければならない。
それは当然、アーガルズの動きを縛る枷になる。
故に時間通りに動き、相討ちの準備を整えて──
「──なんか予定でも……あんのかよ……?」
──声が聞こえた瞬間、アーガルズは身を固めて耳を疑った。
その声は、先から聞こえてきた、此方の手のひらでくるくるとやられていた、しかし高い耐久力を持つガキ。
──ありえない。あの攻撃を、防御も無しに耐えたというのか。
晴れていく土煙の中、アーガルズの視線の先で──。
■■■
「──なんか予定でも……あんのかよ……?」
霞む視界に、口内に溢れる血の味。
息を吐くどころか、息が詰まる状態を強要されているような、そんな感覚。まるで水の中で呼吸をしようとしているみたいに、肺が空気を受け付けない。
故に脚は震え、意識朦朧としているが──それでも、レンは立っている。
端から見れば意識朦朧には思えないほどの力強さで、レンはアーガルズを睨みつける。
「てめぇ……なんで」
「言っただろ。慣れてんだよ」
「……ハッ! 満身創痍で慣れてるだァ? 強がってんじゃねぇ。あと一発で沈む泥舟だろうが!」
堂々と言ってのけるアーガルズの表情に陰りは見えない。
どこまでも、先を見据えた余裕をもっている。
それは、レンが相手のすべてを掴みきれていないからこそ起こる、相手に対する理解不足だ。
全貌が見えない。その不安は思考に恐怖を呼び、より相手を不鮮明にする。
けれど、しかし、だからこそ。
「怖がってんのか?」
レンは笑って、未知を、不鮮明を話すのだ。
それを、突き止めるために。
「……あぁ?」
そして、なんの確証もないその発言に──アーガルズはわかりやすく感情を強くした。
「言うに事欠いて……先に脳が死んだか!? なら体もお供にしてやるよ! 『ウル・トルネード』!」
荒げた声によって引き起こされる現象は室内で荒れ狂う暴風だ。
当たれば巻き込まれ、打たれて揉まれて致命傷。
確かに、かなり体力を削られたレンに対する最善の一手だろう。感情の発露に似合わぬ冷静な攻撃だ。
だが、そんな攻撃を前にして、一つレンは仮説を立てた。
それは、確証のない発言に対して声を荒げたアーガルズ。その、感情の振れ幅に違和感を抱いたからだ。
笑みは絶やさず、思考を回す。
──的はずれな煽りならば一蹴してしまえばいい。今までの返答には多かれ少なかれ、こちらに取り合わないその空気感があった。
だが先の発言にはそれが無い。つまり、的外れではない可能性がある。
ならば、そうなら、だとすれば──
仮説を土台とした思考が固まっていく。
目の前に暴風が迫るが──それよりも早く、レンの思考が答えを弾き出す。
「……さっきからてめぇはそこを動かねぇ。余裕の表れかと思ってたが……もしかして、逆か?」
「……!」
「──お前、動けねぇんだな」
感情が動いても、あくまでも冷静な判断を下すのは、そうしないと自分に不利があるからではないのか。
──そう考えれば、点と点は繋がっていく。
それを前提として自分の体をよく見れば、ようやく、気付く。
──自分の体に、極小の糸が巻き付いていることに。
床に張り巡らされたスイッチ。それは、この空間に目に見えないほどの細い糸を張る。
それを知らずにスイッチを押し続け、糸を体に巻き付け続ければ、やがて糸はレンの動きを阻む。それが、身体停止の仕組みだ。
答え合わせは、目の前の人間の反応で十分だろう。
「つまり、このナイフを使えば万事問題ねぇってわけだ!」
確信を笑いながら、レンは攻撃を避けるために大きく横っ飛びをする。
その際に見て、意識してようやくわかる糸の絡まり。
──それを、取り出したナイフで断ち切っていく。
横っ飛びの回避。着地の末に──
「やっぱりな! 動ける!」
床に配置されたスイッチは、揺らめく炎の明かりが足りず、完全に把握することは難しい。
だが、レンがティールから勝手にもらったナイフ。これを使えば、巻き付き始めた糸を片っ端から切り落としていくことなど、造作もない。
自信満々に、レンはアーガルズの企みを看破した。
その明るい笑みを見て、声を荒げて感情を強くあらわにしたアーガルズが一度目を瞑って深呼吸する。
そうして目を開けば、
「──わかった所で、てめぇは俺を殴れねぇ」
その瞳には、冷静さが宿っている。
即座に切り替えができるその技術が、あの男をこの地位までのし上がらせたのだろう。
そして他にも、のし上がった要因はあるのだろう。
だが、そんな取り戻された冷静さに対して、レンは一つの言葉を突きつける。
「仕組みを暴かれてんだぜ? ──もっと焦るべきじゃねぇのか?」
「焦るのは弱者の特権だ。俺は生憎持ち合わせてねェもんでな」
「吐いた唾は飲めねぇぞ」
片手にナイフ、片手に拳。
──口も思考も、絶え間なく回せ。勝ちを、もぎ取るために。
刹那、視線を外さずにレンが床に落ちた何かの破片を投擲する。
高い風切り音を立てながら飛ぶそれに、一切の動揺も見せないアーガルズ。の
その眼前で、投げた破片は勢いを殺される。
──やはり、何かが弾いているのだ。
「素手だけ弾く……ってことでもないのか」
呟く事実確認は思考の漏れ。
──もしや、物理無効。魔法を使えなければ詰みの可能性が頭をよぎる。だが、それをレンの勘が否定していた。
「なら最初に一発入った意味がわからねぇ」
水晶を確実に破壊するために、絶対に当てるべきだった一撃目。それは、疑いようがなくアーガルズにヒットしている。
物理無効の何かがあるならばそれを最初から使っておけばいい話。
それをしていないのは油断か。それとも──範囲が定まっているからか。
もしもそうだと、するならば。
「──動けないのを利用してる?」
疑念と疑惑が頭をよぎる。
糸の絡まりを防ぐために加え、動けないことにはもう一つの理由が──
「死に体が!」
思考を遮るようにして指先をこちらに向けてくるアーガルズ。だが瞬くその指先から魔法が放たれるより、レンが結論を固める方が一歩早い。
「──お前、俺にびびってんだろ。最初の一発が予想以上だったか?」
「────」
繰り返される煽りの言葉に、隠しきれない動揺でアーガルズは目を見開いた。
瞬きでその感情を隠し取り繕うが、それが逆に後押しだ。
──やはりアーガルズの『防御』は、その場から動けない何かだ。
「図星か。これからくる王国騎士団って奴らに使うはずだったのか? 俺に使わされて残念だったな」
動けない、少ない範囲に、最大限の防御を付与する。だからこそ動けないし、糸に絡まないためには動かないことが最適であるが故に動く必要もない。
──防御の切れる仕組みは知らない。
魔力がある限り無限かもしれないし、一定時間の無敵かもしれない。それか、許容量までは無敵の可能性もある。だが、どれにしろ──
「壊れるまで殴ればぶっ壊れる!!」
「……ガキが」
「やっと消えたな。──その薄笑い」
さあ、道は見えた。
あとはひたすら、進むのみ。




