表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
曇天。  作者: 凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/129

7月 火柱 ②

 その日、好美から久しぶりに電話があった。


「お久しぶりです。北海道はいかがですか?」


 京子が尋ねると、「うん、まあ、近所のスーパーで働いてる。それぐらいしか仕事がなくて」と元気のない声が返ってきた。


「昨日、みつさんと三郎さんから連絡があってね。私もどうすればいいか分からなくて」

「はい?」

「みつさんと三郎さんね、元さんの家を出たのよ」

「ええ」


「でも、行き先がなくてね。それで結局、ホームレスの支援施設でお世話になってたらしくて」

「ええ!?」

「で、1か月は我慢したんだけど、耐えられなくなって、二人とも昨日から公園で寝泊まりしてるんだって」

「公園に寝泊まりって、それじゃあまるで」


「そうなの、ホームレスなの。施設に戻ったほうがいいって言っても、あんなところで死ぬのなら公園で死んだほうがいいって、みつさんが嫌がってて。でも、今は梅雨でしょ? 雨の中、野宿してたら、肺炎になるかもしれないし。北海道に行きたいって言われたけど、うちは二人を養う余裕はないし。もう、どうしようもなくて。京子ちゃん、何とかならないかな」


「何とかって言われても……」

「このまま放っておくわけにはいかないでしょ? 野垂れ死にするのを知らんぷりしているわけにはいかないし。でも、私も何もいい考えが思い浮かばなくて」

「……わかりました。とにかく、二人に会ってみます。今、二人はどこにいるんですか?」


 新宿の公園にいると聞き、京子は電話を切った。

「どうしたの?」

 そばで聞いていた邦雄が問いかける。


 そこは東高円寺の2DKのアパートだった。事務所として使う予定だった部屋に、京子は4月に越してきて自分の部屋として使っている。邦雄もすぐに越してきた。


 大吾と一方的に別れてから一カ月も経たないうちに、邦雄と肉体関係を持った。だが、京子はすでにこの3か月を後悔し始めていた。


 邦雄は京子のためにテレビや雑誌の仕事を取ってきてくれるが、そのお金は邦雄が作った口座に振り込まれ、仕事のための経費として使うことになっている。

 家賃は邦雄が払ってくれるが、食費や光熱費は折半しなければならないので、京子は弁当屋のバイトを始めて、生活費を稼ぐしかなかった。


 そのうえ、弁当屋の残り物をもらって帰ってくるよう口うるさく言うので、

 ――この人、こんなにケチだったんだ。

 とすっかり幻滅している。


 それでも、邦雄が持ち込むマスコミ関係の仕事は魅力的だった。

 親に掲載誌を送り、テレビの放映日を知らせると、「まあまあ、すごいのねえ」と感心される。親が親戚にも伝えていると聞き、少し誇らしい気分になっていた。

 そのためだけに邦雄と一緒にいるようなものだった。


 京子がざっと電話の内容を話すと、

「そりゃ大変だな。俺も一緒に行く」

 と邦雄は腰を上げた。


「いいよ、一人で大丈夫」と京子は断ったが、邦雄はいろいろと理由をつけてついてきた。

 電車に乗ると、邦雄は中吊り広告に目を走らせる。

 都知事選が終わったばかりで、週刊誌の広告は、圧勝した都知事のスキャンダラスな話題ばかりだった。

 今回の都知事選はメディアが連日報道したので盛り上がり、いつの間にか老人ホームの連続放火事件の話題は下火になり、報じられなくなっていた。


 邦雄は広告を見ながら、「あの政治家にインタビューしたことがある。あいつは偉いよ。物腰が柔らかくてさ」「あのタレントは、最悪だったな」と大声で話しだした。

 あきらかに、周りの人に聴こえるように話している。その“自慢したがり”なところにも嫌悪感を抱いていた。


 ――これだから、一緒に行きたくなかったのに。

 京子はげんなりした。

 

 みつと三郎は、新宿中央公園のパーゴラの下にあるベンチに腰かけていた。

 今日は青空が広がり、日差しが強いので、二人とも帽子をかぶって流れる汗をしきりに拭っている。三郎は文庫本を読み、みつは何をするでもなく、ただぼんやりと座っている。


 二人とも、3月に会った時より一回り小さくなったように見える。

 顔色は悪く、皺も増えている。三郎の髪はかなり薄くなり、みつの髪はますます白くなっていた。


「児玉さん、横村さん」

 京子が声をかけると、二人は同時に京子を見て、決まりが悪そうな表情をした。


「好美さんから話を聞いたんです。二人がここにいるって」

「何日もお風呂に入ってなくて。臭わないかしら?」


 みつが発した第一声はそれだった。

 京子がベンチの端に腰かけると、みつは体をわずかにそらした。


「大丈夫ですよ、全然臭いませんよ」


 京子は微笑んだ。

 みつも三郎も、風呂に入っていなくても身ぎれいにしているのは、やはり自尊心が許さないのだろう。


「二人でここに座っていたら、ホームレスだとは思われないんじゃないかって思って。昨日も、ずっとここで一日中座ってたの。夜は芝生で眠ったの。夜でも暑いから、外で寝ても平気なのよね」


 みつは後ろの芝生を指さした。ベンチの下には隠すようにボストンバッグが置いてある。


「ここの人たちは親切でね。こっちは最初は声をかけられるのも嫌だと思って、目も合わせないようにしてたんだよ。でも、年寄り二人で寝ているのを見て、気の毒に思ったみたいでね。ダンボールと新聞紙を分けてくれたんだ。この本も、どっかで拾ってきてくれたんだよ」


 三郎が穏やかな声で言った。


「でも、私は嫌よ、まだあの人達とは話す気になれない」

 みつは首を振った。


「そんなこと言っても、俺らと同じじゃないか。家がないんだから」

「でも、乞食にはなってないじゃないの」

「あの人たちも、乞食ではないよ。旦那さま、お恵みください、ってやってないだろ?」

「同じことよ。ごみ箱から残飯をあさって食べてるんだから」


「昨日は、賞味期限が切れたコンビニのおにぎりをくれたじゃないか。おいしいって食べてたくせに」

「それは残飯をあさるのとは違うでしょ」

「あの」


 京子は二人の会話に割って入った。二人は暑さと疲れのせいか、苛立っているようだ。


「二人とも、朝から何も食べてないんじゃないですか? とりあえず、ご飯でも食べに行きましょう。ここは暑いし」


 京子が促すと、二人は顔を見合せて、小さくうなずいた。

 みつはベンチから立ち上がるのがひどくつらそうなので、京子が支えてあげた。


「ところで、そこの男の人は?」


 三郎が少し離れたところに立っている邦雄を見た。


「あ。彼は安藤さんといって、今日は手伝いに来てくれたんです」

「京子ちゃんの彼氏かい? 年下の彼だったっけ」

「いえ、違う人ですよ。友人です」


 京子は即座に打ち消した。

 邦雄は聞こえなかったようで、不自然なほどの笑みを浮かべて歩み寄り、「こんにちは」と会釈した。


「お二人とも、荷物をお持ちしますよ」

 二人の荷物を持って、邦雄は先頭に立って歩き出した。


「親切だねえ。京子ちゃんの友達は」


 三郎が杖をつきながら後に続いた。みつは杖をついてもやっと歩けるという状態だった。


 ――最後に会った時より、悪化してる。まずいな。もし、ここで寝泊まりしていて起き上がれなくなったら、大変だ。介護する人は誰もいないし。


 京子は今更ながら、事の重大さを痛感した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ