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曇天。  作者: 凪
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2月 燠(おき)③

「それにしても、あの犯行現場の画像にはシビれましたね。よくあれだけの犯行を思いついたものだと、感心しました。ホームを狙えば、一度に大勢の害虫を殺せますからねえ。あの大胆な犯行で弾みがついて、みんな勇気をもらえたんでしょうね。あれから害虫駆除があちこちで始まりましたから」


 胸焼けにほめられ、雄太は誇らしいような、けれども人を殺してほめられるのも妙だと、複雑な気持ちになった。


「害虫を刺したり、電車のホームから突き落としたりする勇気がないから、放火を選んだだけですよ。苦しんでいる様子が見えないし」

「なるほどねえ。確かに、私も直接手を下すのはためらいますからねえ。ホームまで、どうやって行ったんですか?」

「バイクを借りて行きました」

「なるほど。山奥のホームだし、深夜だし、目撃者もいないでしょうね。完璧な計画だなあ」


 胸焼けは感嘆した声を上げた。

「いえ、それほどでも」

 雄太はどう答えたらいいのかわからず、コーヒーをチビチビと飲んだ。


 胸焼けはスーツの胸ポケットから封筒を取り出した。


「これ、19ネンキン分です。今朝、一人亡くなったので、その分も入ってます。ご苦労様でした」

「どうも」


 今日の目的はこれだった。

 雄太は封筒を受け取り、思いのほか分厚いことに気づき、そっと中を見た。


「えっ、こ・こんなに?」

 思わず声が上ずってしまった。

 胸焼けから「シッ」とたしなめられ、雄太はあわてて口を押さえた。


「あの、これ、何かの間違いじゃ」

「いえ、これで19ネンキン分ですよ。いくらもらえると思ってたんですか?」

「一人につき1万円もらえれば、ラッキーだなって」

「1万円じゃ安すぎるでしょ」


 胸焼けは苦笑した。


「本当は一人10万円でも安いとは思うんですけど。今後も払っていくことを考えると、それが限界なんです。それで足りますか?」


 雄太は何度も頷いた。

「これでアパートにも住めます」

 思わず、ホームレス状態であることをポロリともらしてしまった。


「それはよかった」

 胸焼けはにこりと微笑んだ。


「今後も、一人につきネンキン10万円をお支払いしますよ。もし続ける気があるのなら、ですが」

「もちろんです。またホームを狙います」

「そうですか。それは頼もしい」


 胸焼けはコーヒーのおかわりを頼んだ。

 雄太も「飲みます?」と聞かれ、大金を手にしたせいか急に気持ちが大きくなり、「ええ、紅茶をお願いします」と頼んだ。


「そういえば、ほかのメンバーには会ったんですか?」

 雄太の問いに、

「ああ、クジョレンジャーの人たちですか? 先週会いましたよ、ネンキンを渡す時に」

 と、胸焼けはコーヒーをゆったり飲みながら答えた。


「本当に5人で活動してるんですか?」

「5人いましたね。ただ、クジョピンクは男性でしたが。元々、他のブログのオフ会で知り合ったって言ってましたよ」

「へえ。どんな感じなんですか」

「どうって……普通ですよ。代表さんと同じように。普通にその辺を歩いてそうな」

「はあ」


 雄太は意外な気がした。

 自分のことを棚に上げて、平気で老人を殺害するような人は、一目でどこかおかしいと分かるようなタイプではないかと考えていたのである。


「そういえば、代表さんはどうしてあのブログを始めようと思ったんです?」

「ああ、あれはパソコン教室のインストラクターをやっていたときに、気分転換で始めたんです」

「気分転換?」


「教室に来ているジジイやババアに、困ったヤツが多くて。ほんっと、今のジジババはおかしなヤツ多いですよ。何度同じことを教えても覚えられないのはしょうがないんですけど、それでキレるジジイがいるんですよ。こんな複雑なことできない、もっと簡単なことを教えてくれって。ファイルを保存する方法に難しいも簡単もないのに。それでも覚えられないと教え方が悪いって怒るし」


「代表さんが悪いわけではないのにねえ。そういうジジババはイライラするでしょ」

「そうなんですよ」


 雄太は身を乗り出した。


「それに、必要な操作だからって教えようとしても、私には必要ないって絶対に教わろうとしないババアもいるんです。何もできないから一から教えようとしているのに、必要なことだけ教えてくれって言うヤツもいるし」

「それは厄介だなあ、確かに。何を教わりに来てんだか」


 胸焼けは軽く顔をしかめた。


「きわめつけが、色目を使うババア。もう60過ぎてるのに、やたらと厚化粧で香水ぷんぷんさせて、俺から見たらただのババアなのに、自分はほかの人とは違うってアピールしていて。趣味の悪いプレゼントくれたり、車で家まで送るって言ったり、キモいんですよ。俺、食われちゃうんじゃないかって、マジで怖かったし。そんなやつらが年金をもらってぬくぬくと暮らすなんて、理不尽でしょ。俺なんか、給料ものすっごく安いのに、そこから税金を引かれ、年金も払わなきゃいけないのに。その自分が払った年金は、今目の前にいるジジイやババアが使ってるんだって考えたら、ほんっと腹が立って」


「確かにねえ」

 胸焼けはあいまいな笑みを浮かべた。雄太が熱弁を振るい始めたので、持て余しているようだった。

 雄太はあわてて口を閉じ、紅茶を飲んだ。


「あの、ちょっと聞きづらいんですけど」

 雄太は声を潜めて、胸焼けのほうに体を傾けた。


「どうしてこんなことにお金を出すんですか。しかも、こんな大金を。むねおさんにとって、何のメリットもないですよね」


 胸焼けは微笑んで、

「メリットはありますよ。僕が今やっていることは、将来的に大きな見返りがくると確信しています。どんな見返りがあるのかは、もう少ししないと分かりませんが」

 と答えて、腕時計を見た。


「そろそろ行かないと……あ、ここは僕が払いますから」

「えっ、でも」

「いいんですよ。忙しいところ、足を運んでもらったんですから。これからも活躍を楽しみにしてますよ」

「分かりました。これでパソコンも買い替えられるし、助かります」


「パソコンが必要なんですか? なら、私のほうで調達しますよ。知り合いにパソコンショップをやっている人間がいるから、安く調達できますよ」

「えっ、本当ですか?」

「欲しいパソコンがあるなら、LINEで知らせてください」

「ハイ、ありがとうございます!」


 喫茶店を後にし、ビルから出たところで二人は別れた。


 ――やっとオレにも運が向いてきたかな。


 雄太は久しぶりに気持ちが弾んでいた。


 ――こんな生活から、やっと抜け出せるんだ。このカネがあれば、アパートを借りて、職も探せる。夢なんかじゃない。やっと抜け出せる。やっと抜け出せる。


 革ジャンのポケットに入っている封筒をそっと手で押さえた。


 ――人生は変えられる。人生は自分の力で変えられるんだ。


 雄太は目頭が熱くなり、そっと指先で涙を拭った。夜の街の灯りが、優しくにじむ。



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