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乙女ゲー主人公の兄、トゥルーEDを目指します  作者: 水下たる
第二章 ルート選択/不条理
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08 - 敦志・教室イベント、不審で不遜な偽りの同級生

 オレはオタク系が充実している行きつけのゲームショップにいた。

 隣には、シシオがこちらに背を向け、BLゲームや乙女ゲーを真剣に品定めしている。まあ、いつもの光景である。

 ゲーム雑誌やBL系雑誌で発売日までチェックしているシシオが、なぜあんなに食いついているのかというと、そこには一昔前のゲームハード用のソフトも並んでいるからだ。

 コンシューマに移植されたBLゲームは数が少ないこともあってシシオは全てプレイ済だが(オレたちは18歳未満なので18禁ゲームはプレイできないのだ、そのくせすごく知識はあるけど、あまり深く考えない)、乙女ゲームは違う。オレたちが生まれた時から既にジャンルが確立していて、シシオがその存在を知るまでに時間が掛かった。

 つまり未開拓の状態に近く、次はどれをプレイしようか選ぶ楽しみがあるのだ。


「雅人、これ面白そうじゃねーか? 一緒にやってみようぜ」


 とある緑色っぽいパッケージを手にとって、シシオが振り返る。緑色っぽいと思ったのは、木の下で集合写真を撮るように、六人の男と二人の女が並んでいるからだ。制服を着ているから、学園ものの乙女ゲームらしい。

 リアル高校生が家に帰っても学校に通うADVをプレイするって、どんだけ学校が好きなんだよ。と呆れそうにもなるが、お前だって学校が舞台の百合小説読んでるだろとか言われたら言い返せない。


「百合ルートがあったところでオレには大抵が地獄なわけだが? 男が多い恋愛ADVゲームのタルい日常生活を見るのは、RPGのレベル上げを見せられ続けるより苦痛だぞ」

「おい、さも経験があるかのように言うな。そんな友人いないだろ。きょうだいも翔子ちゃんだけだろ」

「うっ」


 さすがシシオ、鋭い。幼きオレはぼっちで勉強しかすることがなかったし、両親も翔子もゲームに興味が無くてハード自体なかった、――はずだ。オレが小さい頃に誰かがRPGをプレイしているのを横から眺めているだけの経験をした、――はずはない。


「……ん?」


 自分の頭のなかで考えていることが、なぜか霞みがかったように曖昧になった。確かにそのはずだと確信すべきなのに、そうできない。

 オレには両親がいた――はずで、彼らがこの世から去ってからは、たったひとりの妹と助け合いながら暮らしている。『そういう設定だった』だろ?


「いッ――!?」

「雅人!? おい、平気か」


 唐突に、ビリビリと、電流が走るような痛みが目を襲った。オレは目頭を押さえてうずくまる。シシオが焦ったようにオレの肩を叩いた。

 ま、まさか、これは、邪気眼覚醒か。とかアホなことを言っている余裕はない。正直、ガチで痛い。

 痛みをこらえて目を開けると、オレの視界にはピンクのウィンドウが現れていた。


(現れた? って、なんで消えてたんだ? 今までなんで気付かなかったんだ?)


 ぞっとした。この中がゲーム世界だという意識が消えかかっていたとでも言うんだろうか。


 いや、事実そうなのだ。だってオレは今の今まで不思議に思わなかった。翔子っていうオレにとって大事な大事な『主人公』がいるのに、こんな――有象無象の主人公たちがひしめくゲームショップにいたなんて信じられない。

 パッケージの中のデータ記録媒体の中で、主人公は繰り返し恋をしている。何度も何度も。この棚に並ぶゲームパッケージを割って踏みつぶしてぐちゃぐちゃにしてやりたい衝動を、心のなかに押さえこむ。

 オレにとって大事なのは、翔子だけだ。他のやつは、どうでもいい。


「オレ……イベント阻止をしようとしてたんだ」

「え、なんだって? もう体、大丈夫なのかよ。無理して動くなよ」


 そうだ。イベント進行を阻止しようとして、できなかったのだ。翔子のために、というよりオレの心の平穏のために、男との恋愛ルートに進ませたくなかった。どうにかできないかとひねり出したのが、何度もリトライしてシナリオを捻じ曲げようという作戦だった。そのはずだ。

 再出現したテキストウィンドウを見れば、既に敦志と翔子のイベントが進んでいた。どうする。時間制限なんて無いのだから、何度もリトライすればと思っていたが、どうやらオレの意識にも限界があるらしいと、今日の出来事が示唆している。焦る。


「くそ。今から走っても間に合わないか」

「おいっ、おい! 雅人! どこ行く、待てよ」


 シシオの声が聞こえるけれど、オレには返事をしてやる心のゆとりはなかった。電話を掛けながら、オレは高校へと走るのだった。




 ◆◇ ◆◇ ◆◇




 放課後の一年一組の教室には、翔子と敦志以外誰の姿もなかった。野球部が硬球を打ち返す、カコンという金属音がグラウンドから聞こえてくる。


【翔子】

「ごめんね、敦志。手伝ってくれてありがとう」


【敦志】

「気にすんな。オレだって、元々鈴木たちから頼まれてたんだ」


【翔子】

「部活に出られないでしょ?」


【敦志】

「仕方ねぇだろ。これは締めきりがあって、クラスの人間しか作れねえ。今のまんまじゃ完成しそうにない」


 これ、と敦志が目で示したのは、体育祭で使うクラス旗だ。クラスごとに一枚、同じサイズの布が配布され、オリジナルの旗を作るのだ。当日は応援旗や集合場所の目印になるので、下手なものはつくれない。

 とはいえ、部活に入っている者は練習が忙しくて時間が取れない。美術部など文化部は時間が取れそうだが、悲しいかな、このクラスは美術教師が担任なのに美術部は一人もいないし、文化部も数えるほどしかいなかった。


【敦志】

「つーかお前だって部活出れないだろ? なんでこんなもん毎日手伝ってんだよ。気が知れねー」


 数少ない文化部の鈴木たちも、今日は塾があるとかで、敦志に拝み倒してきたのだ。


【翔子】

「い、色々あるんだよ」


 五月に入り、先輩たちに混じってダブルスの練習をし始めた悠太のことを、ますます女子テニス部部員が応援しだして部活どころじゃないのだ――とは、敦志にはなんとなく言いづらかった。


【敦志】

「ふうん? いろいろねえ」


【翔子】

「いつもは由美ちゃんも一緒なんだよ? 手抜きするのが嫌いな子なんだ。わたしと組んでいつも練習してるから、どっちがいなくても余っちゃうし」


【敦志】

「別のヤツと組めばいいじゃないか」


【翔子】

「そうもいかないの。敦志、これ縫ってくれる?」


 敦志はあまり納得いっていないようだったが、それ以上追及はせず翔子の頼みを聞いてくれた。『優』『勝』と一文字ずつ切り取られた赤いフェルトを、ベースの布に貼りつけ縫い合わせる作業だ。

 縫い針に赤い糸を通し、糸きり鋏でちょうどいい長さに切る。片方を玉結びして、布の裏から針を刺し、一定間隔を置いて波縫いした。

 敦志の指はごつごつしていて太いけれど、指先の作業はミシンのように細かい。翔子はすごいなあと感心する。


【翔子】

「敦志は本当に器用だよね。料理も上手だし、お裁縫も得意だし、羨ましい。わたしもそのくらい上手だったらよかったのに」


【敦志】

「ぶはっ」


 何気なく言った一言に、敦志が突然吹きだした。作業の手を止めて、くっくっくっく、と肩を震わせて笑っている。


【翔子】

「えっ!? なんで笑ってるの?」


【敦志】

「お前の料理は暗黒料理だから、それに比べたら皆上手いだろ。裁縫も。雑巾が巾着になったりするなんて、世界じゅう探してもお前だけだ」


【翔子】

「巾着って。小学校の話だよ? わたし、あれよりは上達したもん。した、はず、だもん」


【敦志】

「自信無くなってるじゃないか」


 翔子が言い返せなかったことで、敦志は腹を抱えて笑った。会話を続行することができないくらい、ひいひい笑っている敦志に、翔子はむくれた。


【翔子】

「そんなに笑わなくてもいいじゃない」


【敦志】

「悪い。色々思い出してな……。で? お前、今さらなんで上手になりたいなんて言ったんだ」


 『今さら』という部分を強調したあたり、からかいの成分を非常に多く含んでいたけれど、翔子は無視することにした。敦志がいじわるなのはいつものことだ。


上手になりたいのは……

・もうからかわれたくないから

・将来のため! だよ

・お兄ちゃんに楽をさせてあげたいんだ




 ◆◇ ◆◇ ◆◇




 そいつがオレの行く手に立ちふさがった時、オレはやっぱりな、と思った。周囲に民家しかない、目的地なんてないはずの道路に、そいつは突然現れた。まるでオレの通り道が最初から分かっていたみたいに。


「君って懲りないね。俺をイライラさせたいとか? なわけないか。ただそうプログラムされて動いてるだけなんだもんね。もういいでしょ。そろそろ諦めなよ」

「……佐々木」


 オレがうろたえることなく声を掛けると、佐々木はおやっと驚いたような顔をした。


「あれ? おかしいな。いつもと違う」

「お前、何度も邪魔したよな。オレのこと」

「それって、思い出したの? それとも、誰かの入れ知恵? どっちにせよ不快だなあ」


 佐々木は長い前髪からちらりと覗く目を細めて、オレのことを睨みつけた。


「完璧に戻りかけていたのに、どうしてそんなに壊れたい? どうして壊したい? なんなのかなあ、ホントに分かんないね」


 オレの行動があまりにも気にくわなかったらしい。苛立っているのを誤魔化そうともせずに、佐々木が怒りを露わにしてオレを詰問する。


「分かんないって、そりゃそうだろ。お前はオレじゃないんだから、分かってたまるか」

「へえ?」

「お前にも分かんねぇことがあるんじゃねえか。オレのこと何でも知ってるんじゃなか――ッ」


 最後まで言葉を続けることができなかった。オレの首を佐々木の右手ががっちりと掴んでいたからだ。

 充分に距離は取っていたはずなのに、突然佐々木の腕が伸びて首元まで伸びてきた。まるでそれはゴムのように元あったところまで瞬時に戻り、オレはそのまま腕一本で釣りあげられた。


「だから何? 勝ったつもりでいるのか? この世界では俺に従ってもらわなくっちゃ困るんだ」

「グッ……」


 足元が浮いてどんどんと首が締まっていく。頭に血が上っていかずに、頭がガンガンと痛い。身体をよじらせてもがき、自由な腕を使って佐々木の手を外そうとするが敵わない。足をばたつかせて佐々木の身体を蹴った。

 が、いくら蹴ってもびくともしない。それどころか、彼は口元にうすら笑いさえ浮かべていた。


「大丈夫だよ、死なないよ。また『分岐点』に戻るだけだ」

「佐々木、お前……ここが……ゲーム……虚構だって、……知って」

「勿論だよ。この世界を作ったのは俺だよ。神だって、言ったでしょ? その中で君は完璧だったはずなんだ。俺の理想、俺の容器いれもの、物質に固執しない魂。俺は君じゃなきゃダメなのに、君は俺を拒絶する。苦しいよ。悲しいよ。こんなに手こずるとは思わなかったな。無傷に拘ったのがいけないのかな」


 人ならざる者の力によって、オレの首がだんだんと閉まっていく。ボキリ、と、体内で、何か固いものが折れる音がした。意識が段々と遠のいていく。佐々木の言葉は聞こえているが、オレには理解できなかった。


「そんなに壊れたいなら、俺が壊してあげる。安心してね、俺は自分のものには優しいよ」

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