宇宙の沈黙
居間の灯りをつけると、水槽のあった場所に目が行った。何もなかった。床に四角い跡が薄く残っていた。それだけだった。
部屋の中は、静が整えたままの状態で残っていた。棚は半分になっていた。テーブルが磨かれていた。押し入れの障子が、きれいに閉まっていた。静が使っていた座布団は、もうなかった。ハルは確認しなかった。
台所を見ると、湯呑みが二つ、洗われて伏せてあった。ハルはそれを見てから、台所の灯りを消した。
庭に出た。特に理由はなかった。靴を履いて、縁側から降りた。
夜の空気が皮膚に触れた。昼間より湿っていた。紫陽花の葉が、暗い中でも濃くあった。先日、母はここに水をやっていた。ホースが巻かれて、縁側の脇に置いてあった。
隣家を見ると、昨日まで点いていた灯りが一つ、消えていた。別の窓が薄く明るかった。テレビの光らしかった。声は届かなかった。
ハルは庭の中央に立って、少しのあいだそのままでいた。何かをしようとしているわけではなかった。
しばらくして、低い音が届いた。
何の音かわからなかった。エンジンに近い、と思った。単発ではなく継続する低い響きで、風がないのにずっと続いていた。方向もわからなかった。ハルはしばらく聞いていた。聞こうとすると、わずかに遠のく気がした。意識の外に置くと、また戻ってきた。音はまだあった。
ハルは空を見上げた。
雲があった。星が出ていたが、多くはなかった。都市の光のある方向は空が明るく、その境目に、いくつかの点だけが見えていた。動かなかった。
ずっとそれが夢だったのに。
静の声ではなく、言葉として戻ってきた。星に行くことが。理由がこれだとは——思わなかったね。
ハルはしばらく、その言葉を持っていた。どう受け取ればいいかわからなかった。夢が実現した、という話をしているのか。棄民が始まった、という話をしているのか——静はそれを分けようとしなかった。
棄民船と夢の船は、違う船ではない。同じ船だ。乗るしかなくなった人が乗り、行くしかない場所へ行く。それが、ずっと夢見ていたものと同じ形をしていた。
宇宙はなぜ静かなのか。
若いころの研究所で、静たちはその問いを議論した。超えられなかった文明は、声を出す前に消える。超えられた文明は——まだどこかにいる。どこかにいて、声がまだ届いていない。あるいは届いているのに、ハルにはまだわからない形をしている。
船を出せた文明は、まだここにいる。
その言葉が、少し別の重さになって戻ってきた。宇宙の沈黙が、前とは違う形に見えた——少し、だけだった。
紫陽花の葉が、音もなく動いた。風ではなかった。動いて、止まった。
ハルは空を見ていた。低い音がまだ続いていた。何なのか、判断する気にはなれなかった。
そのとき、一点が動いていることに気がついた。
夜空の一点が、ゆっくりと動いていた。流れ星とは違う速さで、娘はそれを見送った。




