4.群れの序列
前世、人間だった頃。
日本という国は平和で少なくとも表向きには身分制など存在しなかった。
けれど――
社会的な立場、空気、学校で生徒たちが無意識のうちに作り上げる上下関係は確かにあった。
所謂、スクールカーストというやつだ。
では、動物はどうだろう。
馬は、本能的に群れを作る生き物である。
そしてその群れには、人間社会よりもずっと分かりやすく、ずっと残酷な序列があった。
それを私は身をもって知ることになる。
――みんな一緒の放牧の時間。
生まれてから最大のピンチが訪れた。
目の前には、自分より一回り大きいこげ茶色の子馬。
耳を伏せ、首を低くし、明確な敵意を向けてくる。
私は必死に逃げながらお母さんを呼んで嘶いた。
この子馬の不興を買った理由は、よくわからない。
ただ、私は元が人間だったせいか時々“馬としてはおかしな行動”をとってしまうらしい。
――たぶん、それだ。
今回、私は見事に地雷を踏み抜いたのだ。
子馬ながら耳を伏せたその姿は、私の目にはとても恐ろしく映った。
冗談でも、遊びでもない。
「お母さん! お母さん! 助けて! お母さん!」
恐怖が全身を支配する。
怖い。
逃げたい。
でも脚がもつれそうで、息が苦しくて――
「私の子に何するのよ! この悪ガキ!」
――救世主。
大きな黒光りする馬体が私と相手の子馬の間に割って入った。
お母さんだ。
この放牧地で最も強い存在。
群れのボス。
「ドルチェ、やめてちょうだいよ。うちの子も悪かったけど、今回ばかりはあんたの子が悪いよ」
「あぁ? いったい何をしたの?」
「この群れのボスは、ドルチェ、あんたさ。あたしたちもそれは認めてる。でもね――」
「子馬同士の序列は、また別の話だよ」
「わたしも見てた。黒いチビは、群れのルールを無視してた」
お母さんの背中に守られながら私は母馬たちの緊急会議を覗き見る。
どうやら私は、生まれて間もないくせにすでに群れの序列を無視してしまっていたらしい。
……え、なにしたんだっけ?
考えて、はっとする。
あ。
水場で……一番最初に飲んだ。
――それか。
ちゃんと気をつけていたつもりだった。
でも喉が渇いていてつい、反射的に前に出てしまったのだ。
耳と尻尾がしおしおと下がる。
私の失敗で群れのボスであるお母さんの顔に泥を塗ってしまった。
長々と続いた群れ会議は、結局、明確な結論が出ないまま終わった。
きっと、数日もすれば忘れられてしまう。
よくある小さな喧嘩。
私はそう思い込むことにした。
――それが今の私の精一杯だった。
※ストックがある間は予約投稿で更新していきます。
週に1話から2話の更新頻度の予定です。
書き終わり次第、完結まで毎日更新に移行します。




