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馬肉になりたくないんです! ~転生、異世界で強制競走馬生活ですか?!~  作者: ゆうらり薄暮


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22.5閑話 昔語りの恋



 あの馬には、実は会ったことがないんだ。


 まだ、私が馬に興味を持つ前の話だからね。


 あの馬が死んだ時、それはとても大きな報せになった。


 たまたま、侍女を連れて街へ出ていた。

 気晴らしのつもりだった。


 そこで新聞を見て――

 私は、思ったんだ。


 なんて、美しい馬なんだろうって。


 芦毛だったはずのその馬は、年を重ねてほとんど真っ白になっていた。


 屋敷に戻ってから私は必死でその馬のことを調べた。


 もう死んでいることは分かっていた。

 それでも、どうしても一目見たくて。


 だから――

 ずっと、その馬の産駒を探していた。


 けれどね。


 その子の産駒は、ほとんど目立った成績を残せなかった。


 繁殖に上がった馬も少ない。

 本当に骨の折れる話だったよ。


 それでも――


 直系の種牡馬がまだ残っていると知った時の喜びは、言葉にできないほどだった。


 種牡馬としては失格。

 でも、とても人気のある馬だった。


 ファンの援助と関心は、競走馬を引退してからも続いていてね。


 ……死んだ後でさえ、だ。


 私は直接その活躍を見たわけじゃない。

 それでも――


 もう一度、夢を見せてくれるんじゃないか。

 そう思わせる馬だった。


 経済動物のはずの馬に人々は、確かに夢を見ていた。


 だからこれは、執念かもしれない。

 妄執かもしれない。


 それでも――


 どうしてもどうしてもこの血は、後世に残すべきだと思った。


 たとえ、産駒が走らなくても。


 競馬はね、お金なんてちっとも儲からない。


 ただ、貴族たちは名誉のために馬を走らせる。


 ブラッド・スポーツと呼ばれる競馬だけれどあれはロマンの塊なんだ。


 当時、あの馬の孫が最後の直系種牡馬だった。


 成績は平凡。

 見た目もよくある鹿毛。


 それでも――


 あの馬のファンにとっては、その孫こそが希望だった。


 その孫も若くして亡くなってしまったけれど。


 最後の最後に一頭の牝馬と恋をした。


 ……おまえのお母様だよ。


 馬が恋をするはずがない――誰もがそう言った。


 でもね。


 あれは恋だったとおまえの育て親のじいさんが言っていた。


 おまえのお母様は、重賞こそ勝てなかった。

 けれどあの足元の強さと賢さは、他の馬にはない一級品だった。


 おまえは、あの馬の最後の直系。


 ――「芦毛の怪物」のひ孫だ。


 白い毛以外は、先祖返りそのもの。


 いや、それ以上の能力。


 私の理想の競走馬。


 この帝国にあの馬の名を――

 「芦毛の怪物」の名を刻み込むんだ。


 私の愛馬。

 私の唯一。


 可愛い、可愛い――


「明日からおまえは世界一の名馬になるんだ」


 銀髪の女は、膝に乗せた白い馬の頭を撫でる。


 その瞳に映っていたものを人はきっと狂気と呼ぶだろう。


 恋は盲目。

 初恋は、その中でも特別だ。


 時に恋は、人生を狂わせる。


 けれど彼女の初恋は、一頭の馬ではない。


 ――「芦毛の怪物」が生涯をかけて残したその物語そのものだった。


 シトリン


 彼女の初恋が遺した――唯一の答え。

 私の夢。


彼女の恋は彼女自身の物語をきっと根本から変えてしまったのでしょう。


※完結まで毎日投稿です。

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