21.栄誉と休息
戻ってきた厩舎は、少しだけ騒がしかった。
人間の足音。
興奮した声。
乾いた拍手の名残。
でも奥に行くほど静かになる。
藁の匂い。
水桶の音。
馬房のいつもの空気。
――あぁ、帰ってきた。
私は、ゆっくりと首を下げた。
脚は、問題ない。
息も落ち着いている。
「よしよし」
「無事だな」
人間の手が首元を撫でる。
悪くない。
◇
夜どこか騒がしかった今日が終わる頃。
ご飯も終わって一番ホッとする時間。
「……ねぇ」
隣から低い声がした。
芦毛。
私の友達。
育成牧場で毎日のように喧嘩して、
黒砂糖を奪い合って、
お互い歯を剥いた……あの芦毛。
あの頃から思えば私も灰色のも変わった。
首が太くなって、
目つきが落ち着いた。
「おかえり、お疲れ様」
声も前より低い。
「ただいま」
私は、鼻を鳴らす。
「……これでクラシック最後の三つ目でしょ」
「うん」
「頭おかしいな」
「知ってる」
一拍。
芦毛は、ふっと鼻を鳴らした。
「……おめでとう」
それは、
昔の喧嘩友達が言うには、
ずいぶん素直な声だった。
私は、少しだけ首を傾ける。
「ありがとう」
芦毛は、藁を噛みながら言う。
「正直さ。最初はムカついてた」
「知ってる」
「いっつも余裕でよ」
私は、否定しない。
「でもさ」
芦毛は、視線を前に向けたまま続けた。
「今日の走り、見た」
「……見てたの?」
「見せられた、が正しいな」
私は、耳を向ける。
「遠くにいても分かった。“あぁ、行ったな”って」
「行った?」
「もう、同じ場所じゃないって意味」
しばらく、沈黙。
厩舎の奥で水を替える音がする。
私は、静かに言った。
「でも」
芦毛がちらりとこちらを見る。
「私は、ここにいるよ」
芦毛は、一瞬だけ黙ってから小さく笑った。
「……それが一番ムカつくの」
「ごめん」
「謝らないで」
芦毛は、鼻を鳴らした。
「でもさ」
「うん」
「走る前より、今のほうが……お前、ちょっとだけ馬らしい顔してる」
私は、瞬きをした。
「それ、褒めてる? 今も昔も私は馬ですけど?」
「あぁ、ちゃんと」
私は、首を下げて藁を踏む。
「……じゃあ、よかった」
外では、まだ人間が騒いでいる。
でもここは静かだ。
いつもの馬房。
いつもの匂い。
少しだけ、大人になったお友達。
最近だって私がリンゴを盗って喧嘩したんですけどね。
いやあれはダービー勝ったらおやつをくれるって言った灰色のが約束を破ろうとしたのが原因だから私悪くない。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
◇
ねぇ。
最強馬でも帰る場所は同じなんだね。
今日は、それが少し嬉しい。
※完結まで毎日投稿です。




