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馬肉になりたくないんです! ~転生、異世界で強制競走馬生活ですか?!~  作者: ゆうらり薄暮


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19.クラシック



 その日、競馬場には最初から妙な空気があった。


 春の大一番。

 一般的には牡馬クラシックと呼ばれるG1レースの場の一冠目。

 三歳世代の頂点を決める舞台。


 そこに、一頭だけ。


 牝馬が混じっていた。


「……正気か?」

「牝馬だぞ?」

「話題作りにしても、無茶だろ」


 スタンドのあちこちで、そんな声が漏れている。


 私は、パドックを歩いていた。


 他の馬たちは、どれもいかにも“主役”という風格だった。

 筋肉の張り。

 歩様の大きさ。

 目の据わり方。


 ――うん。

 全員、強い。


 そして私は牝馬にしては大きいもののちょっとばかり小さい。


 前より成長したんだけどなぁ……でも、なるほど。


 これが、場違い二回目か。



 チモシーは、私の横を歩きながら、いつもより無口だった。


 手綱を持つ手に、余計な力は入っていない。

 歩調も、呼吸も、いつも通り。


 でも、重心の置き方だけが、ほんの少しだけ違う。


 ――緊張してる。


 私は、それが分かってしまった。


 だから、首を少しだけ振った。


 大丈夫。

 走れるよ。



 ゲート入り。


 周囲の馬たちの気配が、さっきより近い。


 呼吸。

 筋肉のきしみ。

 地面を掻く音。


 ……でかいな、みんな。


 私は、ちょっとだけ笑いたくなった。


 スタート。


 一斉に、前に出る。


 私は、出遅れもしなければ、飛び出しもしなかった。


 ただ、流れに入る。


 八番手。

 内寄り。


 周囲は、牡馬だらけ。


 ――囲まれてるね。


 でも、不思議と怖くはなかった。


 一コーナーを回る頃には、すでにペースが速いことが分かった。


 先頭の馬が、ちょっと飛ばしすぎている。


 それに釣られて、二番手、三番手も前に出る。


 馬群が、全体的に引き伸ばされる。


 ……あ。


 これ、後ろのが脚が終わるな。


 私は、脚をほんの少しだけ緩めた。


 隊列の中で、わずかに位置を下げる。


 十番手。


 チモシーは、何も言わなかった。


 ただ、私の首の動きに合わせて、重心を預けてくる。


 ――分かってるね。


 向こう正面。


 何頭か、すでに怪しい。


 息が荒い。

 首が上下している。

 脚の出が、ほんの少しだけ鈍い。


 ……うん。


 壊れないでね。



「牝馬、後ろすぎね?」

「もう無理だろ」


 スタンドから、そんな声が落ちてくる。


 私は、聞いていないふりをした。


 だって、まだ何も始まってない。



 3コーナー。


 前の馬たちが、いよいよ苦しくなり始める。


 外に出ようとして、膨れる。


 内に入ろうとして、詰まる。


 馬群が、ぐちゃっと歪んだ。


 ――来た。


 一瞬、内が空きそうになる。


 でも、そこは危ない。


 入れたとしても、すぐ閉じる。


 私は、待った。



「詰まったぞ」

「終わったろ、あれ」


 誰かが言う。



 次の瞬間。


 外の一頭が、脚を取られた。


 ほんの一瞬、バランスを崩しただけ。


 でも、それで十分だった。


 ――はい、空きました。


 私は、そこに脚を置いた。


 風が変わる。


 景色が、横に流れ始める。


 あ、これ。


 勝てる。


 直線。


 前にいた馬たちの背中が、

 一頭、また一頭と、近づいてくる。


 追われている馬の匂いが、濃い。


 ……うん、脚はある。


 残り三百。


 外から、一頭、ものすごい勢いで来る。


 ……あれ、強い。


 たぶん、世代最強クラス。


 一瞬だけ、私は迷った。


 ここで、全部出す?


 でも、やめた。


 まだ、ここじゃない。


 チモシーが、軽く鞭を振るう。


 それだけでいい。


 私は、伸びる。


 ゴール前。


 並ぶ。


 ほんの少し、前に出る。


 ゴール。


 クビ差。



 一瞬、競馬場が静まった。


 それから、遅れて、どよめきが爆発した。


「……え?」

「牝馬……?」

「今の、何?」



 引き上げてくる途中。


 チモシーの呼吸が、少しだけ荒かった。


「……勝ったな」


 声が、低い。


 私は、耳を後ろに倒す。


 ――うん。勝った。



 まずは一つ目。


※完結まで毎日投稿です。

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