10.5閑話 父たちの夜
トーレのチビが帰った気配がして厩舎の空気が、ふっと緩んだ。
「……なあ」
誰かが、今さらみたいに言った。
「あれ? よくよく考えりゃさ」
「牝馬なら、繁殖上がるのって、そこまで難しくなくね?」
「血統が多少微妙でも、重賞ひとつ取れりゃ十分だって聞いたことあるぞ」
「ステラドルチェの娘だろ? 父親の血がどうあれ、未勝利でも繁殖は行けそうじゃね?」
空気が、一瞬だけ止まる。
「……あ」
別の牡馬が、頭振る。
「もしかしてさ」
「“馬肉行きだぞ”って、脅しすぎたか?」
誰かが、低く唸った。
「あー……」
「悪いこと言ったかもなぁ」
「頑張りすぎて脚壊して、予後不良とか……最悪じゃんよ」
「手ェ抜くように言った方が良かったか?」
すると、不意に誰かが気づいた。
「……あれ?」
「そういや、トーレは?」
視線が、一斉に奥へ向く。
インペラトーレは、厩舎の隅で立ち尽くしていた。
首を下げ、動かない。
「……娘が怪我したらどうしようって、嘆いてる」
「過保護だなぁ」
「でもな」
別の声が、真面目になる。
「脚一本折れたら、俺たち生きられねぇ」
「体重支えられなくなって、残りの脚が腐る」
「ステラドルチェってさ」
「GⅠ一回しか勝ってねぇけど、走るの嫌いだったって又聞きで聞いたぞ」
「それ以上に……足元、弱かったって人間のおっちゃんが言ってた気がする」
嫌な沈黙。
「……それ、遺伝してたらヤバくね?」
誰かが、慌てて言った。
「いや!」
「トーレの脚、どーだった?」
「え?」
「連闘いけるかもってくらい、強かったらしいぞ」
「じゃあトーレの脚が遺伝してりゃ、無事でいける!」
必死な楽観。
「良血って、近親で番うこと多いからな」
「足元、どうしても脆くなる」
「……俺も脚壊して引退だったよ」
静かな声。
「“ガラスの脚”って、よく言ったもんだよな」
「他人事じゃねぇぞ」
「今でも、骨折したら最悪予後不良なんだから」
誰かが、冗談めかして言った。
「……おチビには怪我に気をつけるように言った方がいいな」
「マジで」
そうして父親たちの夜は更けてゆく。
少しの不安を残して。
重賞勝ってる競走馬は普通に強いお馬さんです。
ここのお父さんたちは強いので基準がイカれてます。
某牧場では良血馬以外だと3勝が繁殖に上がれるラインらしいです。
※完結まで毎日投稿です。




