照らされる陰
――は?
恒章の頭の中で後輩の言葉が反芻する。突然のことに恒章は呆然とする。しかし相変わらず輝はじっと恒章を見たまま飄々と話し続ける。
「こんな不躾な話、和信先輩はもちろん、諸先輩に言えるはずないので」
そして輝は、また一口、ゆっくりとミルクティーを口に含んでいく。
「正直な話、恒章先輩はカードゲーム部に専念すべきです。この世界は似合いません」
「失礼な奴だな。お前、そういう人間だったか?」
「そういう人間です」
恒章の問いに、輝はさらに続けて答えた。
「ほかの先輩たちと比べて、恒章先輩には何の魅力もないんです。何も残らない。そんな人がこの部活にいても、レベルを低くするだけです」
恒章は平然を装いながらも震えた手でコーヒーカップを手に取るが、ソーサーを介して動揺がバレてしまう。
「……あっ」
恒章は思わず手を滑らせてしまう。ミルクティーはすべてひっくり返り、恒章の服や床にぶち撒いた。コーヒーカップはすぐさま床面に落下していく。そして――。
――ガチャン。
「やべっ……」
恒章は少し蒼白になりながらも狼狽えるしかなかった。輝は冷静に卓上ベルを鳴らして、メイドを呼んだ。
「あらあら」
「すみません、お願いできますか」
メイドは速やかに割れたコーヒーカップを片づけると、すぐに新しいミルクティーを恒章に出してくれた。メイドが速やかに退出したのを認めると、恒章は輝に尋ねた。
「念のために聞くが、俺が辞めたところでどうなるんだ」
「部活のレベルが上がります」
「お前……、嘘つくの下手だろ」
輝は面食らったように少し表情を強張らせた。しかし動揺を隠しながらも、ゆっくりとした口調で恒章に尋ねる。
「なんでそう言い切れるんですか」
「……」
恒章はじっと輝を見つめることしかできなかった。すると輝のスマホから着信音が鳴る。そしてその画面に映る文面を確認した。
「……そういうことか」
そして輝はゆっくりと溜息を吐くと、少し気まずそうな顔をしながらも恒章に深々と頭を下げた。
「恒章先輩は必要とされているみたいですね。試すような真似をしてすみません」
「あれだけ言っておいて、それはないだろ」
恒章は拳で軽くテーブルを叩いた。
「恒章さんが手強かった。ただそれだけの話です」
「白旗を簡単に上げやがって。素直じゃないな」
「どうでしょうね」
輝はそう言って席を立とうとする。しかし恒章は彼の行く手を阻んで睨みつけた。
「本当のことを話せよ?」
輝はそんな恒章に動じることなく席に戻ると、一口、また一口と飲んでいく。再び飲み干した後、恒章にこう告げたのだった。
「……僕、部活辞めるつもりです」
恒章は耳を疑い、思わず大声をあげてしまう。
「なんでよ!」
恒章は咄嗟に手で口を塞ぐ。輝は一瞬目を丸くしながらもまじまじと恒章を見つめていた。恒章は咳払いをすると、落ち着きながら輝に話を振る。
「……淡々とこなしてるだろ。表舞台も裏方も。和信がよく言ってた」
「……こなせるだけですよ」
輝は目を背けた。しばしの間、二人の間には沈黙が流れる。
「つまんなくなったんですよ」
「……」
恒章は言葉を返せない。
「有名子役だった和信先輩を中心に、舞台創造部の先輩たちが好きなことで頑張ってる姿を見てたら、僕らしい輝きを掴めるんじゃないかと思ってたんですけど……」
窓に映る曇天を見つめながら、輝は話を続けた。
「同期も部活の中でやりがいを見つけている中、淡々とこなすだけの自分に嫌気がさすんですよね」
「だから路地裏に逃げ込んだのか?」
恒章の言葉に少しムッとしながらも輝は言い返す。
「別に不良とつるんでたわけじゃないですよ。僕らしさを見つけるために探し物をしてただけですから」
恒章は少し呆れながらも首を傾げてしまう。うーんと悩みながらも、恒章はある結論を口に出していた。
「岡山らしさ……、既にあると思うぞ」
「なんか恒章先輩に言われるとムカつきますね。何も特徴がないのに」
輝はそう言いながら、ミルクティーに口をつけた。
「澄ました顔しやがって。これだから二枚目は」
「その二枚目にショックを受けた三枚目に言われたくないです」
「口が減らねえな、お前は」
恒章は輝に少し声を荒らげながらも、呼び鈴を聞きつけたメイドに会計の合図を出した。そして伝票を見つめる恒章を見て、輝は小さな声で呟いた。
「……でも、恒章先輩は必要だったんですね」
「何か言ったか?」
「いいえ」
「じゃ、これよろしく」
恒章は去ろうとする輝にバインダーを手渡して、こっそり耳打ちをすると一目散に部屋を出て行く。そして輝は顔色を変えずとも大急ぎで恒章の後を追った。彼らが去った後のテーブルとカップには、雲の切れ目から漏れ出した光が少しだけ差し込んでいた。
*
「恒章先輩、こんなに高いなんて聞いてないですよ!」
「イシャリョー代わりで勘弁してやる」
恒章は早足で部室に駆け込むと、和信の後ろに回り込む。戸惑う和信をよそに、輝はこう言ってしまう。
「いや、先輩でしょ! そこは奢るところじゃ――」
「……それは奢られる側のセリフじゃないぞー。岡山くん」
恒章は和信の後ろから声をかける。輝はゆっくりと見上げると、目の前の人物が和信であることに気づくと、少し真顔になった。
「すみません」
そう言って、輝は下がっていった。その様子を見ていた同級生たちは、輝をいじり始める。
「岡山くんって、そんな顔するんだね」
「オカッチの焦る姿、初めて見たわ」
翔也と元の言葉に思わず顔を赤くする輝。そしてカバンの中から小説を取り出すと、それで顔をひたすら隠しているようだった。
「……うるさいな」
小さく呟いた彼の表情は、少し綻んでいるように見えた。
*
「さすが恒章くん。僕の助手としては最—―。痛っ!」
恒章は和信の頭をポカリと殴る。和信は頭を押さえながらもにこやかに恒章を見ていた。その一方で恒章は怒りに満ち溢れた顔をしている。
「だから俺はお前の影武者じゃねえって言ってんだろ!」
「いやいや、僕の代わりじゃないでしょ? 彼は恒章に来たんだから。ね?」
恒章はその言葉を脳内で反芻する。苦い顔をしながらも、首を縦に一回振った。
「はい、ご苦労さまー」
和信は恒章の頭をよしよしと頭を撫でてやる。恒章は顔を赤くしながら和信の腕を払うと、勢いよく部室から出て行った。
「急に変なことすんなよ!」
「はい、お疲れさまでしたー」




