文化祭準備
「恒くん、もうすぐホームルーム始まるよ」
「なにやるんだっけ」
「メイド喫茶の準備」
恒章は思わず耳を疑い、即座に身体を起き上がらせる。目の前には、にこやかに佇む陽大の姿があった。あたりを見渡すと、クラスメイトたちは着々と衣装づくりを始めたり、提供するメニューを考えたりと班に分かれて準備を進めている。
「俺、パス」
「いやいや恒くん……。君が書いたやつだっての知ってるんだよ?」
「なんでわかるのさ」
陽大は不敵な笑みを浮かべながら、あるペンを取り出した。そして先端のライトで紙を照らす。すると段々と数字が浮かび上がってきた。その様子に恒章は少し血の気が引いた。
「僕、みんなに配った紙に出席番号書いてたんだよね。匿名だからと言って変なの書かれないようにね」
「犯罪には手を染めるなよ……」
「ネットの匿名の書き込みだって、IPアドレスで特定できるのと同じなのに」
陽大は少し顔をしかめたものの、なんとか恒章を連れ出して、メニュー考案班の話し合いの席に着かせた。メニューはすでにパンケーキと数種類のジュースに決まっており、恒章は話し合いの様子を傍目から聞いているだけだった。
「せっかくだし、ヒガツネもおもしろいメニュー出してよ」
「えー……」
チラッと陽大の方を見る恒章。そして何か思いついたのか、ボソッと呟いた。
「……お通しをちゃんこ鍋にするとか」
陽大は目を見開いて勢いよく恒章の方を見ると、チョップを喰らわす。クラスメイトたちは彼の思わぬ答えに呆れつつも、苦笑いしながら答えた。
「だからメイド喫茶だってば」
「打ち上げのメニューじゃないよ」
クラスメイトの言葉に思わず顔を赤くした恒章で
「いっ、いや。奇を衒ったのも……ありかな~って」
「恒くんは独創的だからね」
陽大の少しドスの利いたコメントに、恒章は小さくごめんなさいと謝った。しかし、そんな彼をよそに話し合いは進んでいく。恒章も言葉も右から左に受け流すしかなかった。ふいに恒章は少し辺りを見渡すとそんなとき動画班が廊下から声をかけた。
「おーい、そっちに東山……和信の方はいる? 時間になっても来ないんだけどさ」
「ごめん! さっき買い出し頼んじゃった!」
「まじかあ……」
苦虫を嚙み潰したような顔をする動画班の面々。しかし、そのうちの一人がふと恒章と目が合うとリーダー格の男子生徒に耳打ちしたのだった。
「……そしたら弟の方。お前でPV取るから来い! コイツ借りるぞ」
「おっ、ちょっ……!」
そして恒章はクラスメイトに手を引っ張られると、近くの空き教室へと連れていかれる。恒章は助けを求めようと陽大と目を合わせたが、彼は少し寂しそうな顔をしながらも、おなざりに手を振って見送ったのだった。
*
「先輩たちのクラスは、メイド喫茶ですか」
「一人一枚やりたい企画を書いて抽選したら、それになっちゃったんだよね」
舞台創造部の部室では、美空がパソコンで原稿を作成していた。その隣には、原稿の下読みを行っている暖乃の姿があった。その目力により生まれた険しい表情は、誰も寄せつけないほどだった。
「だから美空先輩、今日メイド服なんですね」
「どうしても見つかりたくなくて、部室を借りてPV撮影をお願いしてたんだけど、まさか育くんと鉢合わせるとわね……」
育はそう言われて、顔を赤くしながらそっぽを向く。
「今度は愛紗ちゃんが乱入して、写真撮られるとは思わなかったけどね」
「めっちゃ推しですよ! チェキもいい感じ!」
愛紗はそう言って、先ほど撮った美空と撮ったツーショットチェキを何枚か部員たちに配って見せた。美空はダメ!と言いながら、それらを部員たちから回収しようとする。
「恒章先輩がアキバのオタク並みの服装で、にやけながらメイドさんにちょっかい賭けてる感じはリアリティがあるなあ」
「この表情は、和くんでもできないよね」
「お前ら、それ褒めてないだろ」
「……」
育は渡されたチェキをずっと無表情で見つめていた。愛紗は少し笑いながら、育に話しかける。
「育くん? 妬いてるでしょ?」
「……! そんなことありません!」
育は大声で反論しながら、部室を出て行ってしまった。陽大はやれやれとした表情で彼を見送った。
「そういや、岡山くんは? 姿が見えないけど……」
「なんか用事あるって帰っちゃいました」
翔也が即座に答える。
「最近多いわよね。どうしたのかしら」
美空の反応を見た翔也は力なく、そうですよね。と呟いて、表情をどんよりと曇らせていた。その時、部室の外から声がかかる。
「東山ー。今日、駅前のカードショップで決闘大会、忘れんなよ!」
「あっ、忘れてた! 悪い、今日は帰るわ!」
そう言って恒章も部室から出て行ってしまった。美空の悲痛な声を受け取ることなく。
「ちょっと! 文化祭の司会の原稿、どうするのよ!」
*
しばらくして、恒章たちボードゲーム部の四人組が、カードショップから現れた。ほかの三人とは違い、恒章はいつも以上に満面の笑みを浮かべながら、軽い足取りで帰路につく。
「デッキに禁止カードもなかったし……、なんでお前に勝てないんだ……」
「舐めてもらっちゃあ困りますな! ハッハッハ……」
高笑いする恒章の視線の先には、見覚えのある後輩の姿だった。
「あれ……、岡山?」
輝は、恒章たちに気づくことなく路地裏に入っていく。声をかけようとしたが、すぐに見失ってしまった。
「東山、どうしたんだよ」
「悪い、ちょっと野暮用。先に帰ってて」
恒章はそう言って、急ぎ足で輝の後をつける。息を殺しながら輝の姿をひたすら追いかけた。輝が振り向けば、壁や電柱に身を隠す。どう考えても恒章の図体を隠し切れるはずはないのだが、輝はそんな彼に気づかずに先に進む。
それを幾度か繰り返していたとき、恒章の後ろから足音が聞こえてくる。ピタッと足を止めると、その足音はピタッと止まる。振り向いても誰もいない。
「……」
肝を冷やしながらも、恒章は輝の追跡を再開する。しかし恒章が動くたびに足音が聞こえ、止まるたびに足音が止む。恒章は少し青ざめながらも、
「で、何でお前がいるんだよ」
「僕は部長だから、ちゃんと部員のことを知っておかないといけないのだ」
そして和信は、恒章にのしかかるように捕らえる。
「それにしても恒章くん。君も最近暗躍するようになったようだねえ」
「だからその悪の敵組織みたいな口調をやめろって。抱き着くなって暑苦し――」
♪~
「もしもし。はい、はい。」
輝は電話の応答とともに、後ろを振り向いた。恒章は和信とともに見つからないように、近くの曲がり角にその身を隠した。
「……ったく、今日はお前のせいで散々だったからな」
「あっ……、忘れてた。せっかく恒章になりきっていろいろやろうと思ったのに」
「バカにしてんだろ」
恒章は、和信にポカリと一発ぶん殴る。和信も一発返してやった。そして気づくと、輝の姿は見えなくなっていた。
「あっ、岡山くん見失った!」
「まったく……」




