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ななしの恋  作者: じじ
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 おかしかったので御座います。

 ヤツギさんのことです。

 橋の袂で何やら女の人と親しげにしておられるヤツギさんをお見かけしました。

 どこかのご令嬢で御座いましょうか。高価な白いレエスの手袋が目に入ったのでそう思ったので御座います。とにかく身なりの良い上品な方で御座いました。今思えば、贔屓にしていたお客たっだのかもしれません。そうでなくとも、ヤツギさんが女子と一緒にいることは珍しいことでは御座いませんでしたので、何も気づかなければ私も忘れていた事でしょう。

 その女の人が誰だったかなんてことは、どうでもいいのです。

 よくなかったのはヤツギさんの方です。

 おかしかったので御座います。

 いつものヤツギさんではなかったのです。

 話をしているのは女の人ではなく、ヤツギさんの方で御座いました。そうして、話の合間に女の人の顔を見ては楽しそうに笑うので御座います。それは、いつもの作られた柔らかな笑みではありませんでした。しかし、私が感じた違和感はそれではなく、ヤツギさんの視線で御座います。

 ヤツギさんは、女の人を真っ直ぐ見ていたのです。


 それから、ヤツギさんは変わりました。今まで通り私たちには親切にしてくれましたが、口をきくことは少なくなりました。他の女子とも歩かなくなりました。ヤツギさんの隣はあの女の人のものになったのです。彼女の前ではヤツギさんはただの男になるので御座いました。人並みに悦び、恥ずかしそうに頬染め、彼女が機嫌を損ねると焦り、言い争うこともあれば、そのことで悔いることもありました。

 何より変わったのは、あの虚ろな目で御座います。

 あれが輝きに満ちた光を持ち、彼女の幸せそうな顔を映し、仲たがいをすれば悲しみの涙を浮かべ、嫉妬の火を宿すことも御座いました。

 活き活きとしたヤツギさんの目。

 私はそれが、どうしようもなく嫌なので御座いました。


 屋敷の前でヤツギさんが女の人といるところを目にしたのは、蒸し暑い日の続いた或る夕暮れの事で御座いました。ヤツギさんは何やら口ごもっておられました。顔が赤く見えたのは夕日のせいだけではないのでしょう。しばらくして、ようやく話を切り出すように口を開くと、おヨウと彼女に呼びかけたので御座います。後は、何を言っていたか忘れてしまいましたが、おヨウと呼ばれた女の人が幸せそうに微笑むと、ヤツギさんは安堵したようなお顔になられました。

 二人が婚約したと聞いたのは、それからしばらく経った後で御座いました。


 ヤツギさんは特別ではなくなってしまいました。

 否、あんな人は。

 あんな人はヤツギさんではありません。


 あれは、ヤツギさんの姿をした別の人間で御座います。

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