39 大悪魔からは逃げられない
百八龍の構成員たちは、グランデルベルグの街を虱潰しに探し回っていた。
頭領である初老の男、笹川浩司の指示は明白だ。拐われた赤子と剣の派閥を探せ、というものである。
「組長、こっちです!」
隻眼の男が浩司を引き連れてやってきたのは、グランデルベルグから少し離れた場所にある地下水路だ。
「下水道か」
「へぇ。王都から続く地下水路で、この先は川に通じてやす。下水道を通じて移動したッてェ話なら、剣の派閥の奴らが一斉に姿を消したのも不思議じゃねェと思いやす」
「よし、でかしたホセ」
「いや、見つけたのはこの坊っちゃンでさァ。リベルタドールの姐さンにも知らせは届いてるはずですぜ」
ホセの傍らには小柄な少年のような立ち姿の、三つ目という異形の少年が直立不動の姿勢で立っていた。
『敬愛する主、アシュタロス様に場所をお伝えするため、この場を動くことが出来ません。どうぞ先をお急ぎ下さい』
浩司は三つ目の少年の頭に軽く手を載せて笑みを浮かべた。
「礼を言う。お前さんのボスと俺の孫娘に、先に行くと伝えてくれ」
『承知いたしました。この先に大勢の気配を感じます。どうぞお気をつけて』
下水道には通路が張り巡らされており、三人程度なら横に並んで歩けるほどの通路が設けられていた。
「ホセ、灯りだ」
「へい」
通路の壁側に備え付けられたランプに火がともされると、その広大な水路の全貌が明らかになる。
はるか先まで続き、緩い傾斜がつけられた水路ははるか遠く、シンカー王国最大の大河であるベリア川まで繋げられており、閉鎖空間の中は下水特有の悪臭が充満していた。
「行くぞ」
浩司が先導し、数十名の男たちは下水道を進んでいく。
薄暗い下水道を進むこと数十分、明かりがもれている通路のすぐ近くへとたどり着いた百八龍の男たちは、通路に散開し、各々が短弓やナイフを構え始める。
「行きやすか」
「いや、まだだ。待て」
遠くの方から、通路を走るかすかな足音が聞こえてきた。ほんの一瞬、浩司やホセが視線を足音の方向に向けて、また灯りが漏れる通路へ戻したときだ。
眼の前に、青ざめた顔の痩せた男が立っていた。黒衣で身を包み、青ざめた肌に真紅の瞳は、浩司達ではなく灯りの漏れる通路へと向けられていた。
『ここか、センチネル』
『御意』
直ぐ側に控える少年は跪いて短く答えた。
『スミレたちは』
『こちらへ向かっております』
『ふむ、では……先に赤子の安全を確保するか。スミレはともかくとして、あの大魔道士崩れの女は脚が遅い』
『では、やりますか』
『やれ。全員の動きを拘束し、赤子をここへ連れてこい』
『御意に』
浩司やホセたちの眼の前で、三つ目の少年の姿がブレる。
振動したかと感じられた次の瞬間には、1人であったはずのセンチネルは数えるのがイヤになるほどの数に増えていた。
一斉に通路の中へと滑るように入り込むと、奥からはくぐもった悲鳴のような声が響いた。
「アシュさん! お祖父ちゃん!」
『ほう、存外早かったな。どうやら間に合ったようだぞ』
悠然と、じろりと通路奥へと視線を向けたアシュタロスの眼の前に、すやすやと眠る赤子を抱いた少年が静かに歩み出た。
「リサ!」
駆け寄ったのは藍子だ。
少年の傍に駆け寄り、跪くように身をかがめる。
『センチネル、渡してやれ。その赤子の母親だ』
『御意』
少年から藍子へとリサが静かに、優しく手渡される。赤子は全く起きる気配もなく眠り続けていたが、母親の匂いに安心したのか、ほんの僅かに微笑むように口の端をあげた。
「あぁリサ、ごめんね……怖かったよね、もう大丈夫だからね。ごめんね、ママなのに守ってあげられなくてゴメンね……」
藍子はしっかりと眠るリサを抱きしめて、座り込んで嗚咽を漏らし始めた。
ほんの数秒、綾子やサブも感慨に浸っていたものの、一瞬の油断が命取りとなる世界で生きていた彼らが警戒を解くことはなかった。
「お祖父ちゃん、ホセさん、2人をお願い。安全な場所に連れて行って。シンカー僧院の総本山の、えっと、ほら、なんて言ったっけ……あの尼さんが王様と一緒にいるから」
「分かった。おいホセ、お前と5人護衛について総本山に迎え」
「へぃ。組長はどうなさるンで?」
「俺はここの顛末を見届けなきゃならん。ホセと一緒に護衛に回るもの以外は俺について来い」
屈強な男たちが一斉に返事をする。
「じゃあ中西さん、だったわね? 行って。ここは私に任せて。何かあったら、その子を狙うような輩がいたら迷わず魔法ブッ放すのよ」
「分かったわ。……やっと、私の名前も覚えたわね」
「これくらい一緒にいりゃ嫌でも覚えるわよ。でも下手打ったらまた忘れるかもしれないわよ」
「子供抱えてそんなマネしないわよ」
仲が良いのか悪いのかわからない言葉を交わして、中西藍子は子供をしっかりと抱えたままホセと歩き出す。
『センチネル』
『は、何でしょうか』
『アイツらに2体つけ。何事もなければ良いが、何事かあってからでは遅いからな』
『御意』
外見が全く同じ少年2人の姿が、いつの間にか藍子らに付き従うように走り去った。
脱出組の姿が見えなくなってから、通路の傍にいた一行は顔を見合わせる。
「さて、カチコみますか。お祖父ちゃん、行ける?」
「あぁ。それじゃあサブ」
「はい組長」
「お前が先に入れ。安全を確認できたら俺達が行く」
サブは満足げに頷いて、巨体をかがめるように通路へと入り込んだ。
先頭を歩くサブの眼前には薄暗い通路がどこまでも続いていた。




