第百四章 誰かが守り続けた場所
邪獣を見送ったあと、一行は再び森の奥へ歩き始めた。
さっきまで荒れていた空気が少しだけ和らいでいる。
それでも、森を吹き抜ける風はまだ冷たかった。
ルゥは立ち止まり、静かに目を閉じる。
「……穢れは、まだ消えておらぬ。」
金色の瞳がゆっくり開く。
「もっと奥じゃ。」
「行こう。」
ユウトが頷く。
森は進むほど暗くなっていった。
黒い蔦は太くなり、大木の幹へ絡みついている。
足元には折れた枝が散らばり、小さな花も黒く染まり始めていた。
「こんなに広がってたなんて……。」
ニャオミーが小さく呟く。
ルゥは悲しそうに森を見渡した。
「この森も、ずいぶん苦しんでおる。」
その時だった。
コハクが足を止める。
「ねぇ。」
「これ。」
指差した先には、小さな石灯籠があった。
半分は土へ埋もれている。
けれど、表面の苔だけが不自然に剥がれていた。
「……あれ?」
ユウトもしゃがみ込む。
誰かが最近触ったような跡だった。
「新しい。」
コハクも頷く。
「誰かが掃除したみたい。」
ルゥは目を見開いた。
「そんなはずは……。」
一行は辺りを見回す。
よく見ると、祠へ続く細い道だけ落ち葉が少ない。
折れた枝も端へ寄せられている。
まるで誰かが歩きやすいよう、少しずつ片付けているようだった。
ニャオミーが首を傾げる。
「村の人かな?」
ルゥは静かに首を横へ振る。
「いや。」
「もう何百年も、この森へ来る者はほとんどおらぬ。」
「じゃあ……。」
ユウトが道の先を見る。
誰が。
何のために。
こんな森へ。
風が吹く。
木漏れ日が揺れ、その先に小さな石碑が見えた。
近づいてみる。
石碑は古かった。
文字もほとんど消えかけている。
けれど、一か所だけ。
誰かが最近なぞったように、文字だけがきれいに見えていた。
ルゥはそっと石碑へ手を添える。
「……龍神様。」
掠れた文字を静かに読み上げる。
その声には、懐かしさが滲んでいた。
ユウトも石碑を見る。
誰かが何度も指でなぞったのだろう。
文字の溝だけ、苔ひとつ生えていなかった。
「今でも……。」
「お参りしてる人がいるのか。」
その言葉に、ルゥは何も答えない。
ただ石碑を見つめる瞳だけが、小さく揺れていた。
その時。
チリン……
森の奥から、小さな鈴の音が聞こえた。
一同が一斉に顔を上げる。
風は止んでいる。
それなのに。
鈴はもう一度、小さく鳴った。
チリン……
ルゥが小さく息を呑む。
「あの鈴は……。」
その表情を見たユウトは尋ねる。
「知ってるの?」
ルゥは静かに頷いた。
「あの子が。」
「昔、いつも持っておった鈴じゃ。」
森に、再び静寂が戻る。
誰も言葉を発しない。
今この森には、自分たちしかいないはずだった。
それでも。
鈴の音だけが、まるで誰かに導くように森の奥から響いていた。




